第3回 【高ベータ銘柄の長期保有】 2020年10月25日(日)
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※筆者模範翻訳は、2020年11月1日(日)掲載予定
<課題文>
投資理論の基本原則と言えば、長期的にはハイリスク・ハイリターンの高ベータ銘柄が、低ベータ銘柄よりも高収益ということがある。ところが最新の研究では、高ベータ銘柄の潜在力をフル活用したい投資家らは、何もせずに長期保有するのではなく、売買戦略を積極的にとることでより大きな成果につながることが明らかになった。
ベータ値とは、市場全体(つまり株価指数)に対する、各個別銘柄の株価の感応度のことを指し、つまり、市場の値動きに対するその銘柄の上昇または下落の傾向のことである。例えば、ベータ値が1を超える銘柄は、相場が上昇する時、S&P500種指数などの平均値より大きく上昇し、相場が下がる時は下落幅はより大きくなる。一方で、低ベータ銘柄は上昇や下落の幅がより小さい。投資理論上では、投資家に高ベータ銘柄のさらなるリスクを取る意欲を高めるには、長期保有によって大きなリターンを生むことが重要である。
<筆者の模範翻訳>
A fundamental principle of investing theory asserts that high risk-high reward stocks, namely high-beta stocks are likely to gain more than low-beta stocks over the long term. However, the latest research suggests that investors looking to take full advantage of the potential of high beta stocks can best do so by adopting an aggressive trading strategy, rather than doing nothing and holding them for the long term.
Beta refers to the sensitivity of each individual stock’s price to the entire market (i.e., the stock index) – in other words, its tendency to rise or fall along therewith. For example, a stock with a beta greater than 1 will rise more than averages, such as the S&P 500 Index, when the market rises and fall more when the market declines. Low-beta stocks, on the other hand, tend to rise or fall by less. Investment theory holds that high-beta stocks must generate greater returns over the long term in order to induce investors to take additional risk associated with them.
<解説>
『投資理論の基本原則と言えば、長期的にはハイリスク・ハイリターンの高ベータ銘柄が、低ベータ銘柄よりも高収益ということがある。』
「投資理論の基本原則と言えば ~ ということがある」 = a fundamental principle of investing theory asserts that ~
assert は、「~を主張する」などのニュアンスであるが、a principle asserts that ~ あるいは the theory asserts that ~ など、principle やtheory などとはよくセットで使われる。ただ、主張の単語としてはやや強めのニュアンスを帯びてはいるので、その点は理解しておきたい。実際ここでは、 A fundamental principle of investing theory is that ~ としてis などとして少しトーンを抑えてもいい。また最後の行で、「投資理論上では、」と出てくるので、その時は やはりtheoryとよくセットで使われる hold を使いたかったので、その点もふまえてここではassertなど別の動詞を敢えて選んでいる。
「ハイリスク・ハイリターンの高ベータ銘柄」 = high risk-high reward stocks, namely high-beta stocks
平凡にいけば、high beta stocks with high risk and high return などとなるが、ご察しのように少々平易かつ直訳的なので、原文の意味をくみ取り high risk-high reward stocks, namely high-beta stocks としてよりアクセントの効いた翻訳にしてみた。
『ところが最新の研究では、高ベータ銘柄の潜在力をフル活用したい投資家らは、何もせずに長期保有するのではなく、売買戦略を積極的にとることでより大きな成果につながることが明らかになった。』
「フル活用したい~」 = looking to take full advantage of ~
be looking to do something を英英辞典 Longman Dictionary で確認すると、
informal to be planning or expecting to do something
とのニュアンスである。つまり、「期待する」時に使える。
「~が明らかになった」 = suggest
あっさり find やshow などでもいいが、今回はsuggest で翻訳。同義語でもいろいろ引き出しを増やしておいた方が翻訳の懐も深くなるというもの。またほぼ同義語でも多少のニュアンスの違いにも意識をもちながら訳語を選択することはとても大事。
「~でより大きな成果につながる」 = can best do so
定番では、can achieve great returns などであるが、ありきたりであるのと、あと原文をよく考えると 「~でより大きな成果につながる」ということは、つまり、前述の「フル活用したい~」という「期待」がそのまま実現することを意味しているので、can best do so として、この方が日本人読者にとっては少し流暢過ぎても、よりネイティブ受けのする翻訳になるのだ。安易に日本語原文の字面を直訳するのではなく、こうした文脈や文の内容をふまえて発想の転換をすることがより高度な翻訳になることを覚えておきたい。
can best do so 「そうすることがうまくできる=実現できる」 はこれ自体ほぼイディオム化しているのでそのまま覚えておきたい。
『ベータ値とは、市場全体の値動きに対し、ベータ値とは、市場全体(つまり株価指数)に対する、各個別銘柄の株価の感応度のことを指し、つまり、その銘柄の上昇または下落の傾向のことである。』
「つまり、その銘柄の上昇または下落の傾向のことである」 = in other words, its tendency to rise or fall along therewith
「つまり」とくればin other words であるが、基本的には in other words の後は、文が来ることが多い。ただ、筆者の模範翻訳のように、後ろに名詞(句)だけでも大丈夫。あと、in other words の前には、カンマでもいいが、; セミコロンや、- ハイフンなども好んで使われることも覚えておこう。
あと、
「その銘柄の上昇または下落の傾向のことである」
この原文だけでは、省略されているが、「その銘柄」は、前述の「市場全体(つまり株価指数)」に対して「上昇または下落」するわけなので、along with を翻訳で加えておいた。その際、お気づきのように本来は、along with the entire market であるが、the entire market は直前で使われているため、再度そのまま訳出すれば重複感が高くなり過ぎてしまう。ではどうするか?
よく法務文書で使用される語彙であるが、thereto (= to them)、therefor (= for them)、therein (= in them) などの中で、ここでは therewith (= with them) を使う。これで翻訳がキリっと締まる。
ただこの語彙群 (他にもherein、herewith、hereforなどなど) は、あまり頻繁に使用し過ぎると、英文全体のスタイル自体が硬くなり過ぎるので、原稿の長さに応じて使用回数を制限したいところ。
以上をまとめて、its tendency to rise or fall along therewith と翻訳。
『一方で、低ベータ銘柄は上昇や下落の幅がより小さい』
「一方で、低ベータ銘柄は上昇や下落の幅がより小さい」= Low-beta stocks, on the other hand, tend to rise or fall by less.
もっと直訳調で翻訳すれば、on the other hand, low-beta stocks tend to rise or fall within smaller ranges などとして 「~の幅」をそのまま直訳してしまいがちだが、直訳過ぎるとは翻訳のグレードが下がる。前述の解説と同様、できるだけぜい肉の少ない筋肉で引き締まったような文体を創作したいもの。「程度・量」の翻訳の最短は by ~ である。ここでは、「高ベータ」との「(上下幅の)比較」をしているので by less とすれば十分。
『投資理論上では、投資家に高ベータ銘柄のさらなるリスクを取る意欲を高めるには、長期保有によって大きなリターンを生むことが重要である。』
「投資理論上では〜」 = theory holds ~
前述したように、principle/theory + hold ~ は基本的セットの表現なので覚えておこう。
「投資家に高ベータ銘柄のさらなるリスクを取る意欲を高めるには」 = in order to induce investors to take additional risk associated with them
「〜に〜するよう高める」 → 「〜に〜するよう誘発する/し向ける」と解釈しinduce を使って翻訳。実際、investor 投資家 とinduce の組み合わせはとても多い。 「〜意欲をもたせる」でもあるので motivate と訳したりする人も多いと思うが、投資家をその気にさせるケースでは、induce investors to do の形はぜひ覚えておこう。
「高ベータ銘柄のさらなるリスク」 = additional risk associated with them
「〜のリスク」とあるとき、日本人は往々にして、risk of ~ として「〜の」はすべてof で訳しがちだが、of の活用にはもう少し注意をしたい。リスクというものは、ただモノその字体に存在するリスクももちろんあるのだが、厳密な意味では、それに投資する際に発生するリスクであるとか、その価格が大きく変動するリスクであるとか、何かとそれとの関連で起こる出来事に起因する場合が多い。その点を踏まえると、risk of high beta だけでは、あくまで日本語の直訳であって、翻訳する時にはもう少し踏み込んだ発想で訳出する方がより上質な翻訳となる。ここでも、単にof だけでなく、「それに付随する」のニュアンスを敢えて加えるべく、risk associated with them (high beta stocks) として associated with を使ったり、もっとふみ込めば、risk of investing in them としてinvesting in という具体的な事柄を加えたり、あるいは、of よりは risk to them として「〜に対して(発生する)の」意味でのto の方がより原文の意図を反映していると言える。安易なof の使用は直訳的過ぎて翻訳の質を下げるため、常にその点を考慮して使ったり、使わなかったりする習慣をもってほしい。
翻訳チャレンジは継続するので、少しでも翻訳力の向上に寄与できれば、、、、、。
本稿内、筆者のオリジナル模範翻訳および金融メディア等からの用例は 金融翻訳例文集:金融翻訳チャレンジ にすべて網羅している。
翻訳力、ライティング力をはじめ、スピーキングなどの英語表現力も含めた総合的英語力の向上に、音読学習も取り入れながら、ぜひ活用されたい。
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