第5回 【リラの暴落】 2020年11月15日(日)
※「金融翻訳チャレンジ」メニューでは、毎週、筆者が課題文を提供。金融翻訳に挑戦してみよう!
※筆者模範翻訳は、2020年11月22日(日)掲載予定
<課題文>
トルコの通貨リラが対ドルで史上最安値を更新した。同米格付け機関は、新型コロナウイルスの感染拡大が経済成長に及ぼす打撃を理由に挙げ、投資適格級の信用格付けを奪われた後の出来事だ。他2つの世界的格付機関はすでに、トルコに付与していた投資適格級の格付けを取り下げており、今回の格下げで同国のジャンク級転落が完了した。トルコの国家財政にのしかかる圧力と持続的な鈍い経済成長が浮き彫りになった。
トルコの債券は今後、投資適格級の債券の値動きを追跡するために全世界で使われている指数から除外される。委任契約に基づいて持ち高の売却を余儀なくされる投資家もいるため、リラへの売り圧力がさらに強まると見込む。
トルコ債券が世界国債インデックスに占める比重は約0.7%で、この数字は最大 200 億ドル相当の強制的な売却が出ることを示唆する。ある債券ファンドマネージャーの見立てでは、この資金流出の一部はすでに起きてしまった可能性があるとし、経験則として、ポートフォリオ組み替えによる資金流出ショックは、実質為替レートの約 8~10%の下落によって相殺できるとのことだ。
リラ相場は 2020 年に入ってから、30%以上下落している。
<筆者の模範翻訳>
The Turkish lira hit a record low against the US dollar. This comes after the US credit rating agency removed its investment-grade credit rating, citing the hit to economic growth from the Covid-19 pandemic. The other two global credit rating agencies have already withdrawn its investment-grade credit rating they had assigned to Turkey, with the Moody’s downgrade completing the country’s descent into junk status. It highlights mounting strains on public finances and persistently anemic economic growth.
Turkish bonds will henceforth be excluded from indices used worldwide to track investment-grade debt, adding to pressure on the currency as some investors will be forced by their mandates to sell their holdings.
Turkish bonds have a weighting of about 0.7 per cent in the World Government Bond Index, which implies up to $20bn of forced selling. A bond fund manager says that a part of this outflow was likely to have taken place, and that as a rough rule of thumb, a portfolio outflow shock can be neutralized by a 8 to 10 per cent depreciation in the real exchange rate.
The lira has lost more than 30 per cent of its value since the beginning of 2020.
<解説>
『トルコの通貨リラが対ドルで史上最安値を更新した。』
「史上最安値を更新した」 = hit a record low
金融翻訳では頻繁に登場する言い回しであるが、hit a record low は定番ではあるが、とても流暢な表現なのでしっかり覚えておこう。
言い換えとしてはたくさんあるが、中でも hit an all-time low などもとてもいい。
「対ドル」 = against the US dollar
「対通貨」のときは、against が最も頻度が高いが、少し less formal では、 versus やvs、あるいは to でもOkだ。
『同米格付け機関は、新型コロナウイルスの感染拡大が経済成長に及ぼす打撃を理由に挙げ、投資適格級の信用格付けを奪われた後の出来事だ。』
「格付け機関」 = credit rating agency
「投資適格級」 = investment-grade credit rating
「(信用格付けを奪う)」 = remove
『他2つの世界的格付機関はすでに、トルコに付与していた投資適格級の格付けを取り下げており、今回の格下げで同国のジャンク級転落が完了した。』
「他2つの世界的格付機関」 = the other two global credit rating agencies
「世界的格付機関」といえば、世界3大格付機関として、
S&P = &P Global Ratings (S&P) = S&P グローバル・レーティング
Moody’s = Moody’s Corporation (Moody’s) = ムーディーズ
Fitch = Fitch Ratings Ltd. (Fitch) = フィッチ・レーティングス
はしっかりおさえておこう。金融分野のニュースやレポートでは頻繁に登場する。たいへん重要な機関で、政府、企業や債券等の信用力を調査し、信用格付けを行う。主に債券の発行会社から格付け手数料収入を得て、格付けを行う。
「(格付け) を取り下げる」 = withdraw
前述の「取り下げる」では、remove を使った。ここでもremove を使っていいのだが、繰り返し、繰り返し同じ単語を使用するのも英文として単調、あるいは稚拙に映ってしまうこともあるため、ここでは withdraw で翻訳。実際には、「(格付けなど) を取り下げる」の訳語は、このwithdraw の方がフォーマルな使い方としてもより登場する。
「(格付けなど) を付与する」 = assign
これも、格付けの付与では定番の組み合わせだ。
「格下げ」 = downgrade
「ジャンク級転落」 = descent into junk status
「転落」 の訳語にはいろいろあるが、特に動詞であれば downgrade to/into、fall to/into、drop to/into、slip to/into や、それらの名詞形でもOkだが、本日はこれらの中でも比較的好んで使われる descent で翻訳。この単語は、文のスタイルを追求するにはその語感もいい。
「今回の格下げで同国のジャンク級転落が完了した」 = with the Moody’s downgrade completing the country’s descent into junk status
この with ~ の使い方はとても、とても、とても重要。 多くの翻訳者はこの箇所は、and でつなぐか、あるいは少し横着をしたり、あまりうまくない翻訳者であると、その前のところでピリオド。そして「今回の格下げで 〜」のところから新たに文を立ち上げるだろう。要するに2文に分けてしまうわけだ。筆者はこれを好まない。
余談だが、少々長めの原文になると、時に一部の翻訳学校や翻訳講師でも積極的にこの2文や3文に分割して翻訳することを推奨しているケースもあることを知っているが、時々はいいとしても、こればかりであると、クライアントサイドにネイティブの校正者がいる場合など目が肥えた人が検品した時、 “poor quality” とフィードバックされてきた経験を、筆者の社内チャッカー時代に、何度もしている。
したがって、原文が比較的長めの時、安易に文を分けるばかりでなく、上手に、そして流暢につなげていく翻訳力は常に探求してほしい。そのためにもここで力説している、いわゆる順節的(通常であれば andが使われがち)、あるいは結果論的に(通常であれば and as a result が使われがち )、または同時進行的に(通常であればwhileが使われがち) 文が展開している場合は with O + ~ ing あるいは being Past Participle (過去分詞) での翻訳を心がけてほしい。
この手法は日本人がほとんどうまく使いこなせていない、がネイティブはたいへん、たいへん好んで、特に金融分野では多用されている。
基本概念は、受験英語でもよく教わったwith O C の構文であるが、その場合は、
He was talking with his mouth full. = 彼は口の中をいっぱいにして、喋っていた。
The baby was sleeping with his eye open. = その赤ちゃんは目を開けて眠っていた。
など、付帯状況のwith という類で、「〜 しながら」の意味で、C (Complement 補語) は決まって形容詞が置かれるケースに限定して学習していた。
しかし、プロの翻訳レベルになるとその範囲のみでwithを使っていては物足りない。 もう一度繰り返すと、
主文の後、and などを使って順節的、あるいはand as a result などを使って結果論的に、また while などを使って同時進行的に展開する場合は、 with O + ~ ing あるいは being Past Participle (過去分詞) で翻訳を心がける。さらに言うと、その with の前にはカンマを置く方がより文と文のつなぎ目が明確になる。
この with O + ~ ing/ being past participle (過去分詞) の手法は、金融翻訳(その他の翻訳でも)において、最重要テクニックのひとつなので、本ブログ内 <ワンランク上の金融翻訳> 第6回 【絶対にマスターしておきたい英語表現法 with + O + ~ing】にて詳説しているので、ぜひ学習されたい。
その前哨戦として、Financial Times から一文だけ、その用例を引用しておく。
<Financial Times からの実用例>
But Treasuries have broken free from that slumber in recent days, with long-dated Treasury yields rising sharply since the start of the month to their highest levels since June.
<対訳>
しかし、米国債はここ数日でその低迷から脱却しており、長期国債利回りは今月初めから6月以来の高水準に急上昇している。
もう一つ、筆者の模範翻訳でその使いこなしを再確認しておきたい。またこれは主文の後に続く形ではなく、主文の前に置く、while などの言い換えとしての参考とされたい。
<原文>
先進国が、コロナウイルスの患者数が増加しつつある状況を未然に防ぐために、ロックダウンすることを望んでいるように見える中、米国のような国の持続的な上昇が来週か来週以降になると、アナリストは成長予測をさらに格下げせざるを得なくなるリスクがあります。
<筆者の模範翻訳>
With advanced countries seemingly more willing to lock down to pre-empt the rising number of coronavirus cases reaching unacceptable levels, the risk is that a sustained rise in countries like US over the next week or two forces analysts to downgrade further their growth forecast.
以上、繰り返しになるが、with O + ~ ing/ being past participle (過去分詞) の手法は、ネイティブも好んで使う流暢かつ洗練された翻訳やライティングには必修なので、ぜひ復習して、使いこなせるようにしておきたい。
『トルコの国家財政にのしかかる圧力と持続的な鈍い経済成長が浮き彫りになった。』
「財政にのしかかる圧力」 = mounting strains on public finances
enormous budget pressure on ~ などpressure を使うことも多く、budget pressure などとコンパクトまとめた表現もできるが、筆者は mounting strains on として翻訳。
「浮き彫りになる」 = it highlight ~
難しく考え過ぎると、「浮き彫りになる」 などは直訳調にもなりがちなので、「浮き彫りになる」 → 「(前述の状況が)〜を浮き上がらせる、目立たせる、強調して明確にする」 などの解釈により highlight で翻訳。こういう場合もそうだが、翻訳とは、原文の咀嚼力と同時に、翻訳するための英語語彙力もとても重要であることがわかる。高い翻訳を追求するためには、ボキャビルも大切な要素の一つ。
「鈍い経済成長」 = anemic economic growth
「鈍い」という表現は、金融分野では頻繁に登場する。いつも weak ばかりではどうかなと思う。他にもたくさんある中で、Financial Times や The Economist などでもしっかり使われる anemic でいこう。
『トルコの債券は今後、投資適格級の債券の値動きを追跡するために全世界で使われている指数から除外される。』
「今後」 = henceforth
「今後」の訳語で最も使用されるのは going forward だろう。ここでは文頭でも文尾でも置ける。他にも、
down the road
down the line
in the foreseeable future
hence
in the near future
in the near term
from here
moving forward
look ~ weeks ahead
などがある。今回は、henceforthで翻訳。
「指数から除外する」 = exclude from indices
「(値動きや指数など) 追跡する」 = track
『委任契約に基づいて持ち高の売却を余儀なくされる投資家もいるため、リラへの売り圧力がさらに強まると見込む。』
ここは、原文では前の文 「トルコの国家財政にのしかかる圧力と持続的な鈍い経済成長が浮き彫りになった。」 と別々の文になっているが、明らかにつながっているので、adding to pressure on the currency as some investors will be forced by their mandates to sell their holdings として、分詞構文 adding ~ で翻訳。
これを分詞構文を使わなければ、
and it adds to pressure on the currency as some investors ~
となる。この場合、itは、状況のitで、前文の 「トルコの国家財政にのしかかる圧力と持続的な鈍い経済成長」の箇所、あるいは 「トルコの国家財政にのしかかる圧力と持続的な鈍い経済成長が浮き彫りになった。」全体を指す。
「委任契約」 = mandate
「委任契約 (マンデート)」とは、多くは、金融機関(証券会社など)が、企業が株式発行などをおこなって資金調達しようとする際に、その企業より業務の委任を受けることを意味するが、ここでの委任契約は、資産運用会社などが、資産保有者と運用委託の契約や遵守事項の取り決めのことで、運用上のさまざまな制約を課されるのが通常である。 M&Aでもマンデートが使われるのでしっかり確認しておこう。
「持ち高」 = one’s holdings
『トルコ債券が世界国債インデックスに占める比重は約0.7%で、この数字は最大200億ドル相当の強制的な売却が出ることを示唆する。』
「比重」 = weighting
約0.7% = 0.7 per cent
この% について、クライアントによって、表記を % でなく、per cent とすることを求めてこられる場合がある。実際、金融メディアでも例えば、Financial Times などは、%は使わず、後者のper cent である。
大抵はどちらでも問題ないが、こういうことは知っておいた方がいいだろう。
「この数字は最大200億ドル相当の強制的な売却が出ることを示唆する」 = , which implies up to $20bn of forced selling
, which ~ などカンマつきの関係代名詞(非限定用法)で翻訳。このwhich の先行詞は、Turkish bonds have a weighting of about 0.7 per cent in the World Government Bond Index の文全体、あるいはa weighting of about 0.7 per cent in the World Government Bond Indexの箇所のどちらで考えてもいい。
金融翻訳では、この関係詞非限定用法は多用するので、その限定用法との区別も含めてしっかり身につけておきたいところ。
例えば、
「投資家は金融危機の懸念から株を大量に売却し、それによって市場は全面的に暴落した。」
↓
Investors sold off stocks heavily on fears of the financial crisis, which sent the market into a tailspin.
この関係詞非限定用法も、前に来る文全体や一部の箇所を受けて、接続詞 and や but の言い換えとして使えるので、英文が冗長的になるのを避けることができるとても重要な手法だ。
「強制的な売却」 = forced selling
『ある債券ファンドマネージャーの見立てでは、この資金流出の一部はすでに起きてしまった可能性があるとし、経験則として、ポートフォリオ組み替えによる資金流出ショックは、実質為替レートの約8~10%の下落によって相殺できるとのことだ。』
「債券ファンドマネージャー」 = bond fund manager
「ポートフォリオ組み替えによる資金流出」 = portfolio outflow
短いが portfolio outflow で金融分野のネイティブには十分伝わる流暢さを優先した言い回し。rearrange、rearrangement などを使って原文の文字通りに訳出もできるが、それだと少々直訳的になってしまう。
「経験則」 = as a rule of thumb
原文では「経験則」だけだが、roughを加えて、より緻密なデータに基づいた経験則というよりも、咄嗟の判断によるもっと感覚的な経験則というニュアンスを込めている。トレーダーらは、長年の経験で大体の傾向や確率はいちいち調べなくても感覚としても体に染みついているもの。
「相殺する」 = neutralize
「相殺する」は、
offset
counterbalance
cancel (out)
などもよく知られているが、実はneutralize も金融分野でよく登場するので覚えておこう。
あと、この英文、
A bond fund manager says that a part of this outflow was likely to have taken place, and that as a rough rule of thumb, a portfolio outflow shock can be neutralized by a 8 to 10 per cent depreciation in the real exchange rate.
であるが、say のthat節として、直後の1回目の that は忘れないとしても、2回目のthat 、ここでは , and that as a rough rule of thumb, a portfolio ~ のところであるが、このthat を忘れるか、文法上の必要性を知らない人は多い。
つまり、say that ~ の後、カンマをつけて一区切りつけた後、再度sayのthat節が続いてますよ、と読み手に知らせるためにもthat がもう1回必要ということ。これがカンマがなく、ただ and と続いているのであれば、say that ~ の中での継続関係が認識できるが、カンマで切られた場合、and の後は say とは関係がなくなった文とも判断されるからである。
例えば、
I said that he would be late and would not come at least in 10 minutes.
であれば、
「私は、彼は遅刻し、少なくとも後10分は来ないだろうと言った」
he would be late and would not come at least in 10 minutes の箇所はすべて said that の中に含まれる。この場合は、and の後ろにthatはいらない。
しかし、次のような文の場合、
I said that he would be late, and he really came 10 minutes late indeed.
であれば、
「私は、彼は遅刻するよと言った、そして実際に彼は10分遅刻した。」
のように、この場合では、and he really ~ の文は、said that ~ の中に入らない別の文である。したがって、 thatはもちろん必要ないわけだ。
このthat を再度置く文法は、say that ~ だけでなく、think that ~、believe that ~ などすべての動詞 + that 節で共通なので、よく学習しておきたい。読み手の立場になって考え、動詞 + that の動詞がどこまで係るかを理解していれば問題ないだろう。
『リラ相場は2020年に入ってから、30%以上下落している。』
「30%以上下落している」 = (the lira) has lost more than 30 per cent of its value
原文にはないが、通貨の取引量や何か他の要素というわけではなく、通貨の価値が下落しているので、its value はつけておきたい。また、 the value ではなく、its value として、its = the lira’s という所有格で表現する方が流暢性が高い。日本人はa やthe の冠詞を忘れることも多いが、the と所有格のits や their との使いわけができないことも多いので、この点も日頃からネイティブのライティングを観察し、研究する習慣を持ちたいものだ。
少し説明すると、
① She took the book to a cafe.
② She took her book to a cafe.
という2つの文があった場合、①の方はthe book が誰の所有物かは分からない。②の方は明らかに彼女の所有物である。この差がポイントである。既知のものは何もかも the で表現したらいいのではなく、所有を明らかにすべき時は 所有格で翻訳。また the が多用され過ぎると英文としてぎこちなさや硬さも生じるのでその点もふまえて the と所有格をうまく使い分けてほしい。実際のところ文法上、どちらを使っても問題のない文脈も多いことは確かではあるが。
翻訳は難しい、だからこそ醍醐味がある、、、。
本稿内、筆者のオリジナル模範翻訳および金融メディア等からの用例は 金融翻訳例文集:金融翻訳チャレンジ にすべて網羅している。
翻訳力、ライティング力をはじめ、スピーキングなどの英語表現力も含めた総合的英語力の向上に、音読学習も取り入れながら、ぜひ活用されたい。
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