第7回 【新興国を襲う資金流出】 2020年11月29日(日)

2021年10月3日金融翻訳チャレンジ

※「金融翻訳チャレンジ」メニューでは、毎週、筆者が課題文を提供。金融翻訳に挑戦してみよう!

※筆者模範翻訳は、2020年12月6日(日)掲載予定

<課題文>

新型コロナウイルスに起因するロックダウンの開始より最初の数週間で、新興国市場の債券ファンドからおよそ500億ドルも流出した。これは、同データを取り始めて以来の最高額となる。市場全体が総じて売られる中、米ドルが急騰した。このドル高は、いわゆる「有事のドル買い」であり、危機ムードの進展と共に市場から流動性が枯渇し、米国の通貨であるドルを買っておけば安心であるという経験則に基づく行動である。

足元のドル指数は、この数年で最も高い水準にあり、大量の資金を投下し続ける海外投資家に依存している多額の債務を抱えた新興国にとっては相当なマイナス材料だ。債券相場はさらに下落する可能性が高いが、新興国市場全体の債務不履行のリスクを完全に織り込むのは早計かもしれない。なぜなら、今は多くの国がこうした不測の事態に備えているからだ。外貨準備は増加し、経常収支の赤字は縮小している。銀行も規制強化によって自己資本が増強されている。

とはいえ、すべてはコロナウイルス問題の進展に依拠するところは大きい。それが収束しない限り、多くの新興国は今後も逆風に曝され、深刻な資金流出のリスクは燻り続けるだろう。

<筆者の模範翻訳>

In the first few weeks since the start of the lockdown caused by the Covid-19 pandemic, nearly $50 billion has been pulled out of EM fixed income funds. This is the most since the data was first collected. A broad market sell-off has led to a surge in the US dollar. The buck’s appreciation is the so-called “dollar buying for safe haven,” based on the rule of thumb that as the mood of crisis develops and liquidity dries up in the market, buying the US dollar is a safe bet.

The current US Dollar Index (DXY) is at its highest level in years, which is considerably negative news for heavily indebted emerging economies that are dependent on foreign investors continuing to pour huge sums of money into them. Bond prices are likely to go further south, yet it may be too early to fully factor in default risk in emerging markets as a whole. This is because many countries are now bracing for these contingencies. Foreign reserves have grown and current account deficits have shrunk. Banks are also better capitalized in response to tighter regulatory requirements.

Nevertheless, it all depends on the progress in the fight against the Covid-19 pandemic. Unless it is contained, many emerging economies will continue to face headwinds and serious risks of capital outflows will remain unresolved.


<解説>

『新型コロナウイルスに起因するロックダウンの開始より最初の数週間で、新興国市場の債券ファンドからおよそ500億ドルも流出した。』

「新型コロナウイルスに起因するロックダウン」 = the lockdown caused by the Covid-19 pandemic

「〜に起因する」 等の言い回しは金融翻訳において頻繁に登場する。その場合、

  • caused by
  • due to
  • attributable to
  • attributed to
  • driven by
  • in response to
  • stemming from
  • originated by

などが考えられる。これでもいい。ただ、さらにネイティブが好んで使用する表現としては、

  • Covid-19 induced lockdown
  • Covid-19 triggered lockdown
  • Covid-19 driven lockdown

など、よりコンパクトに表現する手法もある。より流暢な印象も高まるのでぜひ時所位に応じて使い分けていきたい。またこの場合、-induced、-triggered、-driven などと前にハイフンをつけることが多い。

この手法は、

  • customer-centered business model
  • customer-oriented business model

なども同じであり、これを知らなければ、

business model in which customers are centered on

などと冗長的になるところを避けることができる。

「新興国市場の債券ファンドからおよそ500億ドルも流出した」 = nearly $50 billion has been pulled out of EM fixed income funds

「流出する」 = be pulled out of

「流出する」 とは 「資金が引き出される」 ことでもあるので、金融用語では 「(資金などを)引き出す、撤退させる」 の定義で、

  • pull A out of B
  • pull A from B

をよく使う。ここではその受動態である。言い換えとしては

  • draw A out of B
  • draw A from B

がある。

「新興国市場の債権ファンド」 = EM fixed income funds

直訳すれば

fixed income funds in the emerging markets

これでもOkだが、より流暢さを意識する場合は、emerging = EM として略語の使用にも慣れておきたい。

『これは、同データを取り始めて以来の最高額となる。』

「同データを取り始めて以来〜」 = since the data was first collected

『市場全体が総じて売られる中、米ドルが急騰した。』

「市場全体が総じて売られる中、米ドルが急騰した」 = A broad market sell-off has led to a surge in the US dollar

ここでは通常、

The U.S. dollar soared while the overall market suffered sell-off.

として、while などの接続詞を使い、「市場全体が総じて売られる中」 と 「米ドルが急騰した」 の箇所をつないで訳出しがちだ。もちろんこれでも問題ない。ただ、もう一段ワンランク上の翻訳を目指すには、「市場全体が総じて売られる中」 の箇所を名詞句として着想し直し、

「市場全体が総じて売られる中」 = a broad market sell-off

として、これを主語に全文を構成したい。つまり、

「市場全体でも総じた売り」 が 「米ドルの急騰につながった」 と発想するわけだ。こうした原文を文字通りに訳すのではなく、その要点を咀嚼し、発想を変化させることで、流暢性の向上した英文が創作できるという具合である。

この手法の修得はとても大事。本ブログでも、<ワンランク上の金融翻訳> 第5回 【接続詞を使わず、名詞句を主語にするワンランク上の翻訳とは?】 にて詳説しているので、ぜひ参考にされたい。

「急騰」 = surge

言い換えは、

  • sharp increase
  • sharp rise
  • sharp appreciation
  • spike
  • jump
  • leap
  • soar

などなどたくさん存在するので、ワンパターンな翻訳にならないよう、うまく使い分けたい。

あと、「市場全体が総じて売られる中」 = a broad market sell-off は、

a widespread market sell-off  と、broad の代わりに、widespread などもよく使われる。

『このドル高は、いわゆる「有事のドル買い」であり、危機ムードの進展と共に市場から流動性が枯渇し、米国の通貨であるドルを買っておけば安心であるという経験則に基づく行動である。』

「有事のドル買い」 = dollar buying for safe haven

safe haven とはよく知られているように 「資産の安全な避難先」 のことであり、直訳すれば、「安全な避難先としてのドル買い」 のこと。

「経験則」 = the rule of thumb

「(流動性が) 枯渇」 = dry up

言い換えは、

  • evaporate
  • evaporation

が欧米金融情報誌でもよく登場する。

「ドル高」 = the buck’s appreciation

the US dollar’s でもいいのだが、少し翻訳のバリエーションを高めるために、米ドルの言い換えである buck で訳出。the greenback’s appreciation として greenback でも可能だ。文書に求められる文スタイルやクライアントの意向にも応じて、時には粋な翻訳も心がけてほしい。

あと、buck の方は、これは米ドルの言い換えに限らない。

  • 豪ドル
  • ニュージーランドドル
  • 南アフリカランド
  • インドルピー

にも使える。

『足元のドル指数は、この数年で最も高い水準にあり、大量の資金を投下し続ける海外投資家に依存している多額の債務を抱えた新興国にとっては相当なマイナス材料だ。』

「ドル指数」 = US Dollar Index (DXY)

「マイナス材料」 = negative news

「多額の債務を抱えた新興国」 = heavily indebted emerging economies

「新興国」 は、金融分野において頻繁に出てくる。訳語は、emerging countries でも Ok だが、往々にして、 emerging economies や emerging markets として 「新興国」 を翻訳する。避けたいのは、developing countries と訳出しないこと。これは 「発展途上国」 のことなので、「新興国」 の訳語とは分けて考えたい。

「〜へ大量の資金を投下する」 = pour huge sums of money into ~

「大量の資金を投下し続ける海外投資家に依存している多額の債務を抱えた新興国」 = heavily indebted emerging economies that are dependent on foreign investors continuing to pour huge sums of money into them

ここで別の訳出をすれば、

heavily indebted emerging economies that are dependent on foreign investors who continue to pour huge sums of money into them

として、特に太字箇所において、前置詞 on + foreign investors の後に、関係詞 (関係代名詞) を使う方が多いのではないだろうか。もちろん間違いではないし、まったく問題はない。ただ、この 前置詞 + 目的語 の後に、動名詞としての ~ 形、あるいは 現在分詞としての ~ ing 形 をもってくることをネイティブは多用することも覚えておいてほしい。

実際には、ネイティブは、動名詞であるとか現在分詞であるとかほとんど意識していないのだが。これらの文法というものは、日本人にとって理解しやすいように体系化したものに過ぎない。この議論をここでしてしまうと何十ページをも費やしてしまうので避けるが、要は、英語というものを発想していく際、日本人が受験英語で学んだ時以上に、もっともっと柔軟に考えることが大切である、ということだ。

余談はさておき、上記した 前置詞 + 目的語 の後に、動名詞としての ~ 形、あるいは 現在分詞としての ~ ing 形 をもってくる、という手法は、今後ワンランク上の翻訳を求めていくには必須のものである。

本ブログ内 <ワンランク上の金融翻訳> 第2回 【ワンランク上の翻訳には欠かせない表現法:前置詞 + 目的語 (意味上の主語) + ~ing (動名詞)、前置詞 + 目的語 +  ~ ing(現在分詞)】 においてまとめているので参照されたい。

したがって、

「大量の資金を投下し続ける海外投資家に依存している多額の債務を抱えた新興国」 = heavily indebted emerging economies that are dependent on foreign investors continuing to pour huge sums of money into them

として on foreign investors continuing to ~

と翻訳している。

『債券相場はさらに下落する可能性が高いが、新興国市場全体の債務不履行のリスクを完全に織り込むのは早計かもしれない。』

「下落する」 = go south

「下落する」や「上昇する」 は、金融分野においては必ず登場するお決まりのフレーズである。その分、いつも drop や fall、あるいは decrease、decline ばかりでも単調だ。

  • tank
  • soften
  • plunge
  • collapse
  • tumble
  • dip
  • slump  
  • dive
  • slip
  • sell off
  • fall
  • drop
  • go down
  • turn south
  • sink (into)
  • move down
  • trade down
  • decline
  • get punched
  • depreciate
  • go lower
  • move lower
  • tumble
  • slide
  • nose-dive
  • climb  
  • falter
  • sell off
  • gain
  • cede ground
  • cliff dive
  • edge down
  • swoon
  • dwindle
  • reel

などなど、これでも一部だ。実際には 「下落する」 でもその程度は様々で、中には 「急落する」 もあれば 「じわじわ下落する」 もあったりと、それぞれニュアンスが異なるのでしっかり整理して、うまく訳しわけていきたい。

「新興国市場全体の債務不履行のリスクを完全に織り込むのは早計かもしれない」 = it may be too early to fully factor in default risk in emerging markets as a whole

「織り込む」 は、金融分野において最頻出用語の1つである。念のため 「織り込む」 の定義を確認しておくと、

織り込むとは、金融資産の価格を予測したり、経営戦略や計画などを練る、あるいはリスクを評価したりする際に、それらに影響を与えそうな事柄や条件を要素として計算や分析に組み入れることである。

このように、先を読み、それを基にして計算や分析をすることの多い金融や経済の分野において、この用語の定義をしっかり把握し、まさに翻訳に織り込んでいくことはとても大切である。

ここでは factor in で翻訳した。ただ、言い換えは多く、少なくとも頻度を基準として整理した場合、少なくとも11個の語彙は押さえておきたい。そのためにも本ブログ内、<知っておきたい金融表現> 第8回 【こんなにある金融表現 「織り込む」の翻訳語 】 において詳説しているので、ぜひ参照されたい。

『なぜなら、今は多くの国がこうした不測の事態に備えているからだ。』

「なぜなら、〜 だ」 = this is because ~

「〜 に備える」 = brace for

「備える」 の定訳は、prepare (for) ~ であろう。ただ、この brace for もネイティブはよく使っているので覚えておきたい。念のため英英辞典でその繊細なニュアンスを確認しておくと、

Oxford Dictionary: to prepare somebody/yourself for something difficult or unpleasant that is going to happen

prepare for something difficult or unpleasant that is going to happen とあり、何に 「備える」 かと言えば、何か生じる可能性のある難題に備える、とある。こうした詳細なニュアンスを英英辞典では把握できるところが最大のメリット。

「不測の事態」 = contingencies

『外貨準備は増加し、経常収支の赤字は縮小している。』

「外貨準備」 = foreign reserves

「経常収支の赤字」 = current account deficits

「縮小する」 = shrink

『銀行も規制強化によって自己資本が増強されている。』

「自己資本が増強されている」 = banks are better capitalized

be well capitalized が基本形。ここでは、原文には明言されていないが、以前に比しての増強なので、比較級で表したいところ。

「〜によって」 = in response to ~

「規制強化」 = tighter regulatory requirements

tightening でも可能。 stricter regulatory requirements でも言い換えられる。ただ、tighter や stricter など比較級で表現する発想は常にもっておきたい。

例えば、「ドル高」 も、rising dollar、appreciating dollar あるいは strong dollar もありだが、

  • higher dollar
  • stronger dollar   

などの比較級での表現も併せて覚えておきたい。

『とはいえ、すべてはコロナウイルス問題の進展に依拠するところは大きい。』

「コロナウイルス問題の進展」 = the progress in the fight against the Covid-19 pandemic

原文の文字通りに直訳すれば、

the progress of the Covid-19 pandemic issues

である。ただ 「問題」 がどのように対応され、どのような進展が意図されているのかが分かりにくい。直訳にありがちな欠点である。  臨場感や具体性が見えないのである。その場合、原文の背景も含めた奥にある意味を咀嚼しながら、訳出を発想するとよりクオリティの高い翻訳につながる。

ここでも、背景は新型コロナウイルス感染拡大の収束を目的として、その難題と取り組んでおり、その取組みおけるポジティブな展開を意図した 「進展」 であるところまで咀嚼した方がいい。それをふまえると、

the progress in the fight against the Covid-19 pandemic

のような多少意訳も加えた翻訳になるわけだ。

ささやかな視点と発想だが、こうした積み重ねがワンランク上の翻訳には求められる。

『それが収束しない限り、多くの新興国は今後も逆風に曝され、深刻な資金流出のリスクは燻り続けるだろう。』

「収束する」 = be contained

「多くの新興国は今後も逆風に曝される」 = many emerging economies will continue to face headwinds

「深刻な資金流出のリスクは燻り続けるだろう』 = serious risks of capital outflows will remain unresolved

「燻る」 は、smolder がよく知られており、金融分野でもよく使われている。ただ、何が燻るかにおいて組み合わせの相性があり、例えば日本語としては、「燻るリスク」 と言っても違和感はないが smoldering risk とはほとんど聞かない。こういう点も翻訳の難しいところ。安易な原文通りの直訳は気をつけることが必要だ。

では、何が燻る時に使われるのか。多いのは、「燻る危機」 や 「くすぶる紛争、対立、衝突」 などである。さっそく筆者の模範翻訳にてその使い方を確認しておこう。

<燻る = smolder の実用例>

<Smolder の用例①>

世界の株式市場は、新興国市場で燻る債務危機のリスクと中国における不動産バブルの進展の間をうまく切り抜ける必要がある。

<筆者の模範翻訳>

The global stock markets need to navigate between the risks of the smoldering debt crisis in emerging markets and the development of China’s real estate bubble.

<Smolder の用例②>

米国と中国の間でくすぶっている貿易紛争を背景に、ウォール街やロンドンの株式市場が記録的な上昇をしていくことには少し不気味な感じがする。

<筆者の模範翻訳>

There is something a little eerie about seeing stock markets on Wall Street and London go their way to new records against a backdrop of the smoldering trade conflict between the US and China.

<Smolder の用例③>

そんなくすぶった危機が、ギリシャなどのユーロ圏諸国で再燃しそうな危険性が生じている。

<筆者の模範翻訳>

The risk is now that such smoldering crisis is likely to flare up in euro-area countries such as Greece.

「燻る」 = smolder 以外にも、日本語原文通りでは不自然になる英語表現は実に多いので留意されたい。

「深刻な資金流出のリスクは燻り続けるだろう」 の 「燻り続ける」 はどう訳す? 発想の転換だ。ワンランク上の翻訳には常にこの発想の転換が必要で、高い柔軟性が求められる。

「燻り続ける」 → 「当面は存在し続ける」 ということ。もっと掘り下げると、「解決されずに存在し続ける」 ということである。

「深刻な資金流出のリスクは燻り続けるだろう」 = serious risks of capital outflows will remain unresolved

と翻訳することもできるということ。


本稿内、筆者のオリジナル模範翻訳および金融メディア等からの用例は 金融翻訳例文集:金融翻訳チャレンジ に、さらに本ブログ内すべての筆者による模範翻訳等は、金融翻訳・全項目800例文集 に網羅している。

翻訳力、ライティング力をはじめ、スピーキングなどの英語表現力も含めた総合的英語力の向上に、音読学習も取り入れながら、ぜひ活用されたい。