第9回 【日本人の知らない There is/are ~ の世界 】

2021年10月7日知っておきたい金融表現

以前友人が筆者の英文ライティングを見て、there is ~ の表現なんて、中学生のような英文表現を使ってるね、と揶揄されたことがある。

えっ??? 

はは〜、日本人は there is/are ~ の構文を中学英語くらいとしか考えていないんだ、そうか、そうか、と至極納得した。事実、中学1年くらいで勉強しているはずなので、そう考えるのも当然だろう。

ところがどっこい、there is/are は、日本人が考えている以上に、ハイレベルなライティングでもネイティブはどんどん使うのである。通常 S + V で表現するようなものでさえ、敢えて there is/are ~ の形で構成する時も実に多いのだ。 したがって、本稿ではこの there is/are ~ の、特に金融分野における翻訳を詳説してみることにした。

「存在」  

there is/are ~ の基本定義は、やはり 「〜がある」 、「〜がいる」 などの 「存在」 である。

There is a book on the table.  = テーブルの上に1冊の本がある。

などはもうお馴染みだろう。

ただ、日本人はこの程度の there is/are ~ くらいの超初歩的英語表現レベルとしかとらえていないのである。また、だからこそ、こんな簡単な言い回しは、ネイティブはあまり使わないだろう。ましてやより高尚なハイレベルのライティングになんて使うはずがないと、勝手に思い込んでいるのである。

とんでもない。

世界の経済・金融を動かすリーダーたちの愛読紙としても知られる、Financial TimesThe EconomistThe Wall Street Journal ではもちろん、洋書やその他ありとあらゆるハイグレードな文書でも、これでもかっていうくらい登場する、正真正銘の英語表現なのである。

その点を証明するためにも欧米の由緒ある新聞から、まずは 「存在」 の定義に絞って、その用例を確認していきたい。

<Financial Times からの実用例>

This is an environment in which European policymakers and central bankers need to stay focused. It would be a dangerous detraction if they wasted the next 12 months with a discussion of price level targeting when there are more urgent issues to address, such as corporate solvency, productivity and an appreciating exchange rate.

<対訳>

これは、欧州の政策立案者や中央銀行が注意散漫にならないようにしなくてはいけない状況である。企業の財務健全性、生産性、為替レートの上昇など、もっと緊急に対応すべき問題がある中、物価水準目標の議論で次の12ヶ月間を無駄にしてしまうのは危険な逸脱になるだろう。          


there are more urgent issues to address の形を使わずに、the European policymakers must address more urgent issues などの S + V の形でも表現できるところを、there is/are ~ を使うのである。

<The Economist からの実用例>

There is a weighty body of literature, some of it dating from the stock market bust of the early 2000s, that says mergers do not create value for the acquiring company.

<対訳>

買収においては膨大な文献が存在しており、中には2000 年代初頭の株式市場の暴落まで遡り、合併しても買収する側の企業に価値は生まれないと書かれているものもある。  


ここでも there is a weighty body of literature の形を使わずに、a weighty body of literature has been published など、 より一般的な S + V の形を使っていない。

<The Wall Street Journal からの実用例>

Also of interest are the results associated with reverse stock splits, when a company reduces the number of listed shares and increases the price per share. Although these are much rarer than regular stock splits, there were 304 reverse splits since 1980 that we examined.

<対訳>

また、上場株式数を減らして1株当たりの株価を上げるという逆株式分割に関連した結果も興味深い。これらは通常の株式分割よりもはるかに希少なことであるが、当社の調査によると、1980年以降逆分割は304件であった。   


there were 304 reverse splits の形とせず、304 reverse splits were implemented などでも良さそうだが、there is/are ~ の形でライティングされている。

ここで取り上げている名だたる欧米金融誌からの用例はごく一部であり、一文々々よく咀嚼しながら読み込んでみると分かるように、これだけでも there is/are ~ の形が、見事に金融ライティングの中に織り込まれ、臨場感あるネイティブの使いこなしが窺えるのはないだろうか。  

では、このあとは 「存在」 の定義に絞って、この there is/are ~ を使った筆者によるオリジナル模範翻訳で、さらに応用力、創造力、発想力を高めるための実践練習をしておこう。

その際、筆者の模範翻訳には、対象語彙のみならず、その前後には多種多様な金融表現や言い回しがぎっしり詰まっているのでぜひ翻訳の参考にされたい。

※原文の内容はすべて筆者のオリジナルである。日々世界で起こる膨大な情報ソースを基にしての着想により、金融、経済、社会情勢、あるいは数値などを含め、筆者独自の言葉で創作したnon-fiction  (ノンフィクション) もあれば、fiction (フィクション) もある。

また、翻訳の難易度を高める趣旨により意図的に日本文を長くしていることもある。

【筆者によるオリジナル模範翻訳】

練習①

<原文>

昨年までは、同指数の上昇と株の下落との間に顕著な相関関係が存在していた。 実際、1900年代まで遡り、この歴史的なパターンをふまえると、ダウは本来の価値よりも15%ほど割高のようだ。

<筆者の模範翻訳>

Prior to this year, there was a pronounced correlation between increases in the index and wilting stocks. In fact, in light of this historical pattern back to 1900s, the Dow appears to be about 15 per cent higher than it should be.

練習②

<原文>

FRBは政策金利をマイナスにしないと明確に繰り返し述べている。仮に実施するとしても、その深堀りには限界があり、ECBなど、マイナス金利の先駆者らでさえ、マイナス1%を下回れば銀行は深刻な問題を抱えるだろうと考えている。     

<筆者の模範翻訳>

The Fed clearly reiterates that it won’t take its key interest rates negative. Even if it did, there is a limit to how deep it can go, with even the precursors, including the ECB, of negative rates thinking banks would have serious problems below minus 1 per cent.

練習③

<原文>

連邦政府保証による民間貸付学生ローンには800万人の借り手があり、彼らは新型コロナウイルス関連の債務救済ではカバーされていないと報告されている。その結果、借り手が資格を誤解していたことを起因とした相次ぐ債務不履行の拡大が予想される。

<筆者の模範翻訳>

It is reported that there are roughly eight million borrowers with commercially held federal student loans who aren’t covered by coronavirus-related debt relief, with the result that a wave of defaults is expected to take place due to borrowers having misconstrued their eligibility.

次に there is/are ~ の 「存在」 の定義以外のものを確認していきたい。

「動作/行為」

「存在」の定義以外に、there is/are ~ の形を使って、is/are の後にくる名詞(句) の動作/行為 、つまり動詞的に表現できる。

例えば、

There is a rise in stock prices. = 株価が上昇する。

直訳すれば 「株価の上昇がある(存在する)」 ということであるが、それをより流暢かつ柔軟に解釈し、「上昇する」 など、名詞(句) を動詞的に解釈する。

さっそく、「存在」 の定義の時と同様、Financial TimesThe EconomistThe Wall Street Journal からその用例を確認していこう。

<Financial Times から 「増加する」 の実用例>

There was an increase in the number of company insolvencies in July as businesses began to confront their balance sheets after months of mothballed activity during lockdown, according to Begbies.

<対訳>

ベグビーズ(金融サービス会社)によれば、゙ロックダウンの下、数か月におよぶ事業閉鎖の後、各企業はバランスシートの問題と向き合い始める流れの中、7月の会社倒産件数は増加した


直訳的には 「増加が存在する」 であるが、それを 「増加する」 との発想と解釈での使用する。 中学英語の there is/are ~ の時よりも、もちろん柔軟な発想がとても大切になる。

<The Economist から 「来る」 の実用例>

Is there an M&A boom coming?

<対訳>

M&Aブームは到来するのか?


これは少し変則だ。There is an M&A boom が軸であるが、そこに coming が加わる。このcoming は、日本人視点の文法では、an M&A coming を意味上の主語 (旧来の動名詞の意味上の主語は所有格とされるが、口語的には M&A boom’s などの所有格をとらない形が多い) とした動名詞と考えることもできるし、現在進行の意味だけでなく、近未来の意味も表せる現在分詞とも解釈できるが、そのあたりは英文のレベルが上がれば上がるほど神経質にならない方がいい。

<Note>

本ブログでも再三にわたって語ることになるが、こうした日本人の考える動名詞であるとか、現在分詞であるとか、必ずしもネイティブは区別していないということ。例えば、日本の英文法でよく知られる第1文型 S + V、第5文型 S + V + O + C などとあるが、これらもネイティブは、そうした文型の意識はまったくしていない。つまり英文法というものは、あくまで日本人が日本人のために英語を理解しやすくするために体系化したものにすぎないのである。ちょうど日本人が日本語を話したり、書いたりする時に、文法というものを意識していないのと同じことである。これらは生まれ成長していく中で自然に身につけてきたもので、まれに例外もあるが、通常無意識でもきちんとした表現ができるものなのだ。母国語というのはそういうものである。つまり、日本人にとっての日本語のように、英語ネイティブにとっての英語も、あくまで結果的に日本人の定義するいわゆる文法という体系や法則に沿っているだけであって、ネイティブがそれらを運用する過程においては、これは現在分詞ではなく、動名詞の ~ ing 、このwhat は疑問詞ではなく、関係代名詞のwhat などなど一切考えていない。

ただ、ここで誤解してはいけないのは、日本人が英語を習得する際、特に言語形成期(0 歳 から 13 歳)を過ぎた後は、母国語としての感覚でネイティブのように自然に身につけることは難しいとされるため、それを補う理論、つまり文法に基づいた理解と学習が大切と言われている。

結論としては、言語形成期を過ぎた日本人が英語を習得しようとする場合は、文法を理解しておくことは必要であるが、その一方でネイティブのように型にとらわれない柔軟な語感というものの存在も知っておくべきである。

少し横道にそれたが、「来たるM&Aブームが存在する」 という直訳が構成上のベースではあるが、発想と解釈は、「M&Aブームは到来する」 との動詞的なものとなる。この柔らかい発想で、there is/are ~ の形での応用性は無限に拡がり、単に

an M&A boom is coming

としないネイティブの心情も理解できるのではないだろうか。

<The Wall Street Journal からの実用例>

Another contrary indicator is how much money is flowing into stocks. This year, there has been a net outflow of cash from the stock market, Mr. Strazza says. Again, the idea is that when people are overwhelmingly scared about investing in stocks, it may be time to buy them. At least that’s the theory.

<対訳>

もう一つの逆指標は、株式にどれだけ資金が流れているかを示すものだ。今年は株式市場から資金が純流出しているとストラッツァ氏は言う。繰り返しになるが、人々が株式投資を極度に恐れるようになる頃が、そろそろ株を買ってもいいの時ではないか、ということである。少なくとも、理論的にはそうである。


ここも、a net outflow of cash has occurred などとせず、there is/are ~ の形で、「資金が純流出している」 と動詞的に十分表現できるわけだ。またこの

では、このあとは 「存在」 の定義の時と同様に、今度は 動作/行為 の表現を、この there is/are ~ を使った筆者によるオリジナル模範翻訳で、さらに応用力、創造力、発想力を高めるための実践練習をしておこう。

【筆者によるオリジナル模範翻訳】

練習①

<原文>

また、勢力の強いハリケーンに脆弱とされ、巨額の被保険州でもある同州では、再保険料が急増する可能性がある中、地域の再保険ブローカーの中には、今年の更新に必要とされる再保険料はおよそ35パーセント上昇すると見込む者もいる。        

<筆者の模範翻訳>

There is also likely to be a spike in reinsurance premiums in the state, a heavily insured state vulnerable to severe hurricanes, while some brokers in the region believe that prices for this year’s renewals are supposed to rise about 35 per cent.


上昇する」 のケース

練習②

<原文>

投資家の新興国市場への資産配分が大幅に増加しており、これは同市場からの好調なリターンの兆しである強調するアナリストがいれば、それに対して、経済政策の不確実性が同市場の中心的問題となっていることを考えると、新興国市場の景気回復の足取りはかなり遅くなるだろうと主張するアナリストもいる。         

<筆者の模範翻訳>

An analyst insists that investors’ asset allocations to emerging markets have significantly increased, which is a harbinger of therefrom, whereas another analyst argues that there would be a much slower economic recovery in emerging markets, given economic policy uncertainties becoming a central issue for the markets. 


遅くなる」 のケース

練習③

<原文>

サハラ以南のアフリカでは、昨年およそ50社の企業が、100万ドル以上の資金調達を行い、数年前には5、10社程度しかなかった。          

<筆者の模範翻訳>

There were approximately 50 companies in Sub-Saharan Africa that raised more than $1 million dollars last year, with that number being roughly 5 or 10 several years ago.


資金調達する」 のケース

練習④

<原文>

これらは、ファンドマネージャーが行う顧客の資金管理を支援するために運営しているシステムについて、同テック企業が気づいたことであり、 そのシステムを使ってのモデルポートフォリオに約300億ドルが投資されている。

<筆者の模範翻訳>

These are what the tech firm noticed on a system it runs to help fund managers manage clients’ money, and there has been roughly $30 billion invested in model portfolios through the system.


投資する」 のケース

練習⑤

<原文>

保険料はここ数年値下がりが続いた後、足元では軒並み高騰しており、それによって保険会社は、合計で1500億ドルを超える可能性のある顧客からの請求に加え、コロナウイルスとそれに起因する不安定な金融市場のトリプルの経済的打撃に直面している。             

<筆者の模範翻訳>

There is currently a sharp rise in insurance prices across the board after a consistent decline over recent years whereby insurers are facing a triple hit from coronavirus, as well as from volatile financial markets resulting therefrom as claims from customers are likely to pass $150bn in total.


高騰する」 のケース

練習⑥

<原文>

足元では、投資家の資産全体の価値を損ねるようなことがたくさん起きており、それらの中には、新型コロナウイルスのパンデミックが市場に不確実性をもたらしていること、そして団塊の世代が引退し始めていることから、今後10年から30年の間に相当額の資金が市場から引き揚げられることなどがある。   

<筆者の模範翻訳>

There are so many things taking place right now that could undermine the value of investors’ assets as a whole, among which are the Covid-19 pandemic creating uncertainty in the market, and  baby boomers starting to retire, which means a substantial amount of their money will be removed from the markets over the next 10–30 years.


発生する」 のケース

練習⑦

<原文>

人工知能やRPAなどの自動化が各国の雇用率をディスラプトしてる一方で、世界人口は増え続けるおり、 そのため資源需要の増加によって、国際紛争へと発展する可能性が高まる。      

<筆者の模範翻訳>

While artificial intelligence and automation such as RPA have been disrupting employment rates in many countries, the world’s population continues to increase, and so there is also a growth in demand for resources, giving way to increasing the likelihood of international conflicts.


増加する」 のケース

練習⑧

<原文>

タレブのブラック・スワンに関する有名な話は、現在の経済状況と正確には一致しないかもしれない。それは、日々我々の期待しているこが思った通りに進んでいるとしても、慣れ親しんできたそれらの期待が未来には続かない可能性があるという考え方である。 むしろ、金融市場の混乱が続く可能性の方が高いように思える。したがって、市場では不確実性が長期に及ぶと認識しているとすれば、投資についてそれほど楽観的にはならないだろう。 

<筆者の模範翻訳>

Taleb’s well-known story on Black Swan may not translate exactly to our current economic situation, yet the idea is that in spite of our expectations being met day in and day out, there is a chance that those expectations we have grown used to will not last into the future. Instead, it seems more likely that there will be ongoing disruptions in the financial market. Thus, should we know that there will be a long period of uncertainty in the market, we would not be so optimistic about investing.


上から順番に 「可能性がある」、「混乱する」、「長期化する」 のケース

練習⑨

<原文>

このような自宅待機戦略の結果が顕著になってきた。結果として、ここ数週間、M&A活動が活発になっており、世界の様々な地域で、テック、製薬、銀行、Eコマースなど様々な業種のM&A取引が行われている。         

<筆者の模範翻訳>

The outcome of such a stay-at-home strategy is now more pronounced. As a result, the last couple of weeks have seen a spate of M&A activities, and there are M&A deals of all types, in different parts of the world, across many industries—from tech and pharmaceutical to banking and e-commerce.


取引が行われる」 のケース

練習⑩

<原文>

同小売会社は他にも数百万ドル規模のドラッグデリバリーシステムを新たに開設するなどにも動いており、旗艦店を現在改装中で、国内で最も壮麗な店舗の一つに生まれ変わる。            

<筆者の模範翻訳>

There are other developments coming to the retail company, including its pharmaceutical division opening a new multi-million dollar drug delivery system, with the flagship storer being renovated into one of the country’s most majestic stores.


行動する」、「展開する」 のケース

練習⑪

<原文>

イールドカーブがスティープ化し、コモディティ価格の暴騰、そして米ドル安が進行していた。             

<筆者の模範翻訳>

There were steeper yield curve and a commodity price run-up, as well as a weaker greenback.


前から順番に、「スティープ化する」、「暴騰する」、「米ドル安が進行する」 のケース

結論として、there is/are ~ で始まる英文は、日本人が考えている以上に高尚でハイグレードのライティングでもネイティブは好んで使うんだ、ということ知っておこう。

日本人が義務教育で勉強する英語の表現や言い回しは、ネイティブが自由自在に操る英語の氷山の一角に過ぎないと筆者は感じる。

そうした変幻自在、千変万化するネイティブの英語に少しでも近づくためにも、欧米の金融情報誌、洋書を寸暇を惜しんで読み込み、そこから彼らの巧みの技を盗んでほしいものである。


本稿内、筆者のオリジナル模範翻訳および金融メディア等からの用例は 金融翻訳例文集:知っておきたい金融表現 に、さらに本ブログ内すべての筆者による模範翻訳等は、金融翻訳・全項目800例文集 に網羅している。

翻訳力、ライティング力をはじめ、スピーキングなどの英語表現力も含めた総合的英語力の向上に、音読学習も取り入れながら、ぜひ活用されたい。