※「金融翻訳チャレンジ」メニューでは、毎週、筆者が課題文を提供。金融翻訳に挑戦してみよう!
※筆者模範翻訳は、2020年12月13日(日)掲載予定
<課題文>
ポンドは、週末、自由貿易協定と安全保障体制合意に向けた進展を期待していた投資家を失望させる結果となり、週明けの月曜日に急落した。アイルランドの首相は、将来の貿易関係をめぐる交渉は予断を許さない状態にあると述べ、EU側の首席交渉官であるミシェル・バルニエ氏も、意見の大きな相違が依然残っていると、欧州連合加盟27カ国各国大使や欧州議会議員に警告を発した。
アジア市場でポンドは対ドルで2.0%も急落し、1.32ドル台手前まで下押し、1か月ぶりの安値をつけたが、その後後半は幾分持ち直し、ロンドン時間では0.6%下落した1.33ドル近辺で推移している。
ポンドは、週末の緊迫した交渉を控え、ドル安と最終的には合意するとの投資家の確信を織り込み上昇していた。合意への粘り強く続く期待は、土壇場での交渉が大混乱していった場合、ポンドの下落余地があるということでもあり、目の前で起きていることがまさにその状況である、との市場関係者の見方もある。
米国商品先物取引委員会の最新データによると、投資家の中には、この1~2週間でポンド下落への賭けを大幅に縮小したものもいた。 こうした投資家は、ボラティリティ上昇への可能性を強く警戒し、ここしばらく、ポンドに対する大きな投機的なポジションを避ける傾向があった。
<筆者の模範翻訳>
The pound tumbled on Monday at the start of the week’s session, disappointing investors who had hoped for progress toward free trade agreements (FTAs) and security arrangements over the weekend. The Irish prime minister said that negotiations over future trading relationships are on a knife-edge, and the EU’s chief negotiator, Michel Barnier, also warned ambassadors of the 27 EU member states and parliamentary members that major differences of opinion remain.
Sterling plunged as much as 2.0% against the US dollar in Asian markets to touch a month low just above $1.32, before erasing early losses later in the day, leaving it 0.6% lower at levels around $1.3300 in the London session.
The UK currency had climbed in the run-up to the fraught negotiations over the weekend, factoring in a weaker dollar and investors’ belief that a deal would eventually be reached. From a market participant’s perspective, persistent hopes for a deal also mean that there is room for the pound to move down if eleventh-hour negotiations are thrown into chaos, which is exactly what is going on right in front of our eyes.
The latest data from the Commodity Futures Trading Commission (CFTC) shows some investors have slashed their bearish bets on the pound in the past week or two. Whilst these investors have been highly alert to the possibility of higher volatility, they have tended to shy away from large speculative positions on the currency for some time.
<解説>
『ポンドは、週末、自由貿易協定と安全保障体制合意に向けた進展を期待していた投資家を失望させることになり、週明けの月曜日に急落した。』
「急落する」 = tumble
「急落」、「下落」 は、金融分野において、最頻度語彙の1つであり、だからこそ fall や drop だけでなく、時所位に応じて訳し分けていきたい。前回にも取り上げたが、「下落」、「急落」 には、
- tank
- soften
- plunge
- collapse
- tumble
- dip
- slump
- dive
- slip
- sell off
- fall
- drop
- go down
- turn south
- sink (into)
- move down
- trade down
- decline
- get punched
- depreciate
- go lower
- move lower
- tumble
- slide
- nose-dive
- climb
- falter
- sell off
- gain
- cede ground
- cliff dive
- edge down
- swoon
- dwindle
- reel
- wilt
- get weaker
- weaken
- head south
など、まだまだ他にもたくさんある。
また、「下落」 の規模やスピードも各語彙において差があるので翻訳で使う際は間違えのないようにしたい。各語彙の詳細とそれらを使った翻訳例に関しては、筆者のオリジナル模範翻訳とともに、金融翻訳例文集:ボキャブラリー別金融翻訳(動詞(句)編) にても学習できるので、ぜひ参照されたい。
「自由貿易協定」 = free trade agreements (FTAs)
「安全保障体制」 = security arrangements
「投資家を失望させることになり、週明けの月曜日に急落した。」 = the pound tumbled on Monday at the start of the week’s session, disappointing investors
「失望させることになり 〜 急落した」 のつながりの箇所では、disappointing と分詞構文を使っている。ワンランク上の翻訳を創作するには多様な文法を自由自在に使いこなすこと大切であるが、分詞構文もその1つ。
ここで簡単に分詞構文の活用の意義を解説しておこう。おそらく受験英語や一般英語学習でもあまり耳にしたことのない分詞構文を活用する上での視点である。
【分詞構文】
分詞構文 ~ ing とは、本来接続詞を用いる箇所において、その接続詞と主語を省略し (厳密には、独立分詞構文として主語だけは残す場合もある) ほとんどの接続詞の意味をこの ~ ing形に含めて表現することが可能だ。when、although、and、while などなど。
例えば、
彼は、金融ニュースを見た後、外出した = After he watched financial news programs on TV, he went out.
と、after S + V, S + V と接続詞 after を使って構成するのが一般的ではあるが、分詞構文を使えば、
彼は、金融ニュースを見た後、外出した = Watching financial news programs on TV, he went out.
となり、watch の主語と、went out の主語は、どちらも he で同じであるため、この場合は、watch の主語 he と接続詞 after を省略してまったく同じ意味の英文を作れる。
また ここで大事なのは、
彼は、金融ニュースを見た後、外出した = He watched financial news programs on TV, going out.
として、分詞構文を (he) went out の側に使うこともできるという点だ。
このあたり、あまり受験英語だけの枠にとらわれた英語の発想だとついていけなくなるので、本ブログ内では事あるごとに強調しているように、ネイティブの感覚とはどうなのか、つまり柔軟な発想を常に意識したいところである。
それでこうした分詞構文の融通性においてもう少し補足しておくと、詰まるところ日本語原文の咀嚼がポイントとなる。
「彼は、金融ニュースを見た後、外出した」 とは、「彼は、金融ニュースを見て、そして外出した」 ということでもあり、このように解釈すれば、接続詞 and の言い換えとして分詞構文 を用いたとするとより理解しやすいのではないだろうか。
彼は、金融ニュースを見て、そして外出した = He watched financial news programs on TV, (and he を省略) going out.
ということである。
この日本語原文の咀嚼と発想の視点から、この分詞構文というものを、もう一段踏み込んだ解説をすれば、逆にどの接続詞を使って翻訳しようかと迷った時にただ分詞構文さえあてはめれば問題のすべてが解決するということである。
例えば、「彼女は翻訳の勉強をして、気分がよくなった」という原文がある場合、「〜の勉強をして」 の箇所に何か接続詞が必要だが、and、when、after などなどどれにしようか迷う瞬間があるだろう。そんな時、
She studied translation, feeling better.
Or
Studying translation, she felt better.
と言ってしまえば、問題は一気に解決だ。このように分詞構文を使って表現しさえするだけで、特にネイティブが読み手の場合、彼らは文脈に応じて勝手に判断し内容を把握してくれる。もちろん分詞構文という文法定義も意識になく、またこの studying ~ の箇所は after の言い換えだな、とか、and の言い換えだな、とかの発想すらないだろう。そうではなく、英文を前から順番にその文脈の流れで意味を紡いでいくのである。
このように分詞構文も、我々日本人が受験を通じて身につけてきた定義以上に、ネイティブはもっとフレキシブルかつ多様に捉えていることは常に意識しておきたい。
まとめると、分詞構文は接続詞の言い換え表現であり、さらには日本語の原文に対して、使う接続詞に迷う場合も分詞構文さえ使えば翻訳がスムーズになる、ということである。また、この日本人が定義する分詞構文という ~ ing の形をネイティブも好んで頻繁に使っているということだ。
少し横道にそれたが、ここでも
「投資家を失望させることになり、週明けの月曜日に急落した。」 = the pound tumbled on Monday at the start of the week’s session, disappointing investors
「投資家を失望させることになり」 とは、「投資家を失望させたので」、「投資家を失望させた後」 など、柔軟に日本語原文を咀嚼すれば、
disappointing investors
と翻訳する意味が把握できるのではないだろうか。
『アイルランドの首相は、将来の貿易関係をめぐる交渉は予断を許さない状態にあると述べ、EU側の首席交渉官であるミシェル・バルニエ氏も、意見の大きな相違が依然残っていると、欧州連合加盟27カ国各国大使や欧州議会議員に警告を発した。』
「予断を許さない状態」 = on a knife-edge
「予断を許さない」 は、「予測できない」 ということでもあり、unpredictable という訳語もよく使われるが、on a knife-edge はさらに粋な英語なのでぜひ覚えておきたい。
「意見の大きな相違が依然残っている」 = major differences of opinion remain
significant difference、grave difference あるいは、 important differences still to be bridged など多岐にわたる翻訳が可能である。
『アジア市場でポンドは対ドルで2.0%も急落 し、1.32ドル台手前まで下押し1か月ぶりの安値をつけたが、その後後半は幾分持ち直し、ロンドン時間では0.6%下落した1.33ドル近辺で推移している。』
「急落する」 = plunge
前段では、tumble で翻訳したので、重複し過ぎないように、ここでは plunge で。
「ポンドは対ドルで2.0%も急落し、1.32ドル台手前まで下押し1か月ぶりの安値をつけたが、その後後半は幾分持ち直し〜」
= sterling plunged as much as 2.0% against the US dollar to touch a month low just above $1.32 before erasing early losses later in the day
日本語原文通りだと、
sterling plunged as much as 2.0% against the US dollar to touch a month low just above $1.32, and erased early losses later in the day
など、「その後〜」 とつながる箇所を and 等で訳していくのが無難ではあるが、これでは新鮮味に欠ける。そうではなく、「〜 後、後半は幾分持ち直し 〜」 ではあるが、発想を柔らかくすると、「後半は幾分持ち直す前」 ということである。
「その後後半は幾分持ち直し〜」 = before erasing early losses later in the day
として、before で翻訳できる。金融翻訳に限らず、翻訳には常にこうしたマルチアングルからの原文解釈と英語表現のための発想がとても大切だ。
「持ち直す」 = erase early losses
「(損失/下落分を) 持ち直す」 は、「取り戻す」 などとも表現されるが、金融分野では頻出するので訳出の引き出しは多い方がいい。
- recover (from) losses
- recoup losses
- regain losses
- reclaim losses
くらいは、最低押さえておきたい。
「ポンド」 = sterling
前段では、the pound と翻訳したが、もちろん通貨は統一表記で 文中全体で the pound としても大きな問題ではない。ただ、金融の読み物などをはじめ、より流暢さも重要視される場合は、the pound 以外の訳語も使っていきたい。
- sterling
- the UK’s currency
- the currency (文脈で前述されている場合のみ)
- the country’s currency
- Cable (対米ドルの場合のみ)
などで翻訳できる。こうした通貨の訳語を詳説しているので 第3回 【通貨および通貨ペアの翻訳いろいろ】 はぜひ参照されたい。
『ポンドは、週末の緊迫した交渉を控え、ドル安と最終的には合意するとの投資家の確信を織り込み上昇していた。』
「緊迫した交渉」 = the fraught negotiations
「緊迫した」 は、tense などでもOk.
「〜 を控えて」 = in the run-up to
ahead of ~ と訳出される場合が多いが、in the run-up to ~ もより洗練された言い回しとして押さえておこう。
他には、
in the lead up to
も知っておくと翻訳の幅が拡がる。
「織り込む」 = factor in
「織り込む」 は、金融分野では欠かすことのできない最頻出語彙の1つであることはご存知の通り。特に価格や数値的に 「織り込む」 場合は、price in がよく知られているが、「織り込む」 の訳語はそれに止まらない。とても重要な語彙なので、第8回 【こんなにある金融表現 「織り込む」の翻訳語 】 で特集している。ぜひ参照されたい。
「上昇する」 = climb
『合意への粘り強く続く期待は、土壇場での交渉が大混乱していった場合、ポンドの下落余地があるということでもあり、目の前で起きていることがまさにその状況である、との市場関係者の見方だ。』
「粘り強く続き期待」 = persistent hopes
「合意への粘り強く続く期待は 〜 ということでもあり 〜」 = persistent hopes for a deal also mean that ~
「〜 ということである」 と日本語原文にある際、mean がサッと思い浮かぶかが発想の柔らかさのポイント。 「〜 ということである (を意味する) 」 では、mean が最も無難な訳語だが、近い言い換えとしては、
- indicate
- suggest
- denote
なども覚えておくといい。
「ポンドの下落余地がある」 = there is room for the pound to move down
「〜 がある (存在する) 」 の英語表現は、there is/are ~ が最もよく知られ、日本人にもとても馴染みがあるはずである。
ただ、この there is/are ~ は少し軽視されているかもしれない。
以前友人が筆者の英文ライティングを読んで、there is ~ の表現を使うとは、こんな中学生のような英文表現を使ってもいいのか、って尋ねてきた。
えっ???
はは〜、日本人は there is/are ~ の構文を中学英語くらいとしか考えていないんだ、そうか、そうか、と自分なりに納得した。事実、中学1年くらいで勉強し、そこで学習する内容と範囲は至極シンプルなため、そう考えるのも当然だろう。
だがその認識はまったくの誤解である。
事実は、there is/are は、日本人が考えている以上に、ハイレベルなライティングでもネイティブはどんどん使うのである。通常 S + V で表現するようなものでさえ、敢えて there is/are ~ の形で英文の構成をする時も実に多いのだ。 したがって、筆者はこの there is/are ~ の、特に金融分野における翻訳を詳説しているので 第9回 【日本人の知らない There is/are ~ の世界 】 をぜひ確認されたい。
「余地」 = room
- leeway
- space
- scope
なども言い換えとして要チェックだ。
「土壇場での交渉」 = eleventh-hour negotiations
「土壇場の」 をeleventh-hour と翻訳。日本人にとっては、last-minute などの方が通じていると思うが、eleventh-hour の方がより印象が深い語彙である。
『米国商品先物取引委員会の最新データによると、投資家の中には、この1~2週間でポンド下落への賭けを大幅に縮小したものもいた。』
「米国商品先物取引委員会」 = the Commodity Futures Trading Commission (CFTC)
「大幅に縮小する」 = slash
slash には 「大幅に」 のニュアンスがしっかり含まれているので、substantially など加筆する必要なない。
「ポンド下落への賭け」 = bearish bets on the pound
『こうした投資家は、ボラティリティ上昇への可能性を強く警戒し、ここしばらく、ポンドに対する大きな投機的なポジションを避ける傾向があった。』
「こうした投資家は、ボラティリティ上昇への可能性を強く警戒し」 = whilst these investors have been highly alert to the possibility of higher volatility
「〜 警戒し」 とあるわけだが、ものすごくシンプルに訳出する場合、and でつなぐことも間違いではない。ただ、以前、筆者の社内校正をしていた経験では、翻訳にand を使い過ぎる場合、クライアントにネイティブの厳しい目利きのスタッフが検収されていた時などは特に poor quality とフィードバックが来ることがあったことを覚えている。もちろんその時の翻訳も and だけの問題ではなく、他にも単調でかつ平易過ぎる表現が散見されるような翻訳物にはそうしたクレームが来たりしていた。
したがって、ワンランク上の翻訳を目指すためにも、常に幅広く、より流暢な英語表現や言い回しを貪欲に追求していきたいものである。
本文に戻ると、「~ 警戒し」 とは、「〜 警戒する中」、「〜 警戒しながら」 ということでもあるので、さほど難しくしなければ、やはり while や whilst を使ってサッと翻訳したい。他にも 前置詞を使って、例えばwith などでも翻訳が可能ではあるが、説明が長くなってしまうため、また別の機会にとっておきたい。
あと、日本人の多くは while は使いやすいと感じていると思うが、兄弟分である whilst や whereas との区別どころか、それらをあまり使いこなせていない感は否めない。そのため筆者は、 第3回 【whereasを使いこなそう!ー whereas、while、whilst との違いをふまえ、超徹底マスター】にてそれぞれの特徴を詳説しているので、ぜひ参照されたい。
「ここしばらく」 = for some time
「避ける」 = shy away from
「ポンド」 = the currency
何度も出てくるので、the pound、sterling、the UK currency と意図的に訳し分けて来たが、最後は同上としてthe currency とシンプルに翻訳した形。
「大きな投機的なポジション」 = large speculative positions
本稿内、筆者のオリジナル模範翻訳および金融メディア等からの用例は 金融翻訳例文集:金融翻訳チャレンジ に、さらに本ブログ内すべての筆者による模範翻訳等は、金融翻訳・全項目800例文集 に網羅している。
翻訳力、ライティング力をはじめ、スピーキングなどの英語表現力も含めた総合的英語力の向上に、音読学習も取り入れながら、ぜひ活用されたい。