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※筆者模範翻訳は、2020年11月15日(日)掲載予定
<課題文>
2010年代、世界の主要中央銀行はインフレ低迷への対応として次々とマイナス金利を導入した。ただ経済学者や投資家らは、マイナス金利政策こそ先進国が進むべき道なのか否かと議論を続け、確信はしていなかった。
現在、あらゆる側面で近年最大の経済ショックである新型コロナウイルス危機に直面し、マイナス金利政策を新たに導入した主要国は存在しない。新たな調査では、マイナス金利が長期化するほど、金融機関の利益ばかりか融資事業への打撃も大きくなる上に、小幅なマイナス金利はほとんど役立たないとも指摘している。
中銀は、たとえ一時的であっても市場のストレスが高まる影響を慎重に吟味することが求められる。つまり金利引き下げの本来の目的は融資を後押しすることであり、余計な衝撃を与えることではないからだ。識者の一部は、マイナス金利政策がより計画的なものであれば有意に機能する可能性があるとの興味深い研究も発表している。ただ多くの中銀はそのような手段を真剣に検討する気はないだろうと筆者は考える。
<筆者の模範翻訳>
During the 2010s, the world’s major central banks increasingly adopted negative interest rates in response to sluggish inflation. However, economists and investors continued to discuss whether negative interest rate policies were the path forward for developed countries, and yet they were not convinced.
Currently, no major country has introduced a new negative interest rate policy in the face of the Covid-19 crisis, the worst economic shock in modern history by a broad range of measures. A fresh study points out that the longer negative interest rates are in place, the more damage they do to lending businesses as well as profits of financial institutions, and that slightly negative rates do little to help.
Central banks must carefully examine the consequences of even a temporary period of rising stress. That’s because the aim of interest rate cuts, after all, is to boost lending, not to be a source of an extra shock. Some pundits have also published interesting studies showing that more organized negative-rate systems could function better. But, the author doesn’t believe that most central banks will be interested in exploring such measures seriously.
<解説>
『2010年代、世界の主要中央銀行はインフレ低迷への対応として次々とマイナス金利を導入した。』
「インフレ低迷への対応として」 = in response to sluggish inflation
「〜の対応として」とくれば、 in response to が定番。
「次々とマイナス金利を導入した。」 = increasingly adopted negative interest rates
「次々〜」とあるので、多くの翻訳者は、 adopted a series of negative interest rates などとして、 a series of ~ = 「一連の〜」 との訳出をしてしまいがちだが、これは原文の字面を直訳しているだけで、正確な翻訳ではない。 a series of negative interest rates では、ある中銀が、一回マイナス金利を実施し、同銀がまた次も行い、次から次へと金利幅なども調整しながら実施していくニュアンスになってしまう。原文はそう言っているわけではない。原文はある中銀が実施し、また別の中銀も実施し、またその他の中銀もというように、次々と多くの中銀が実施している様子を表現している。
こうした内容を翻訳していく時、やはり原文だけで判断しそのまま翻訳しようとすると誤訳してしまうことにもなりかねない。だからこそ金融翻訳を心がける人は、日頃からメディア情報にもアンテナをはり、ニュースは読んでおく必要がある。実際にマイナス金利政策を導入しているのは、ECB、スイス、スウェーデン、デンマーク、日銀などであり、またさほど深堀りはできていない。
『ただ経済学者や投資家らは、マイナス金利政策こそ先進国が進むべき道なのか否かと議論を続け、確信はしていなかった。』
「マイナス金利政策こそ先進国が進むべき道」 = the path forward for developed countries
「〜(にとって)進むべき道」は、the way forward for でもいい。
「なのか否か」 = whether
この場合、日本人は、特に受験英語でそう習うので、whether or not とする傾向があるのだが、もちろん間違いではないが、ネイティブは or not をつけないケースが多いので、それは覚えておいた方がいいだろう。
『現在、あらゆる側面で近年最大の経済ショックである新型コロナウイルス危機に直面し、マイナス金利政策を新たに導入した主要国は存在しない。』
「あらゆる側面で」 = by a broad range of measures
直訳すれば、on all sides などであろうが、少々直訳色が強い感じは否めず、実際意味も曖昧だ。こういう場合も、原文の文脈と背景をよく考える。ここでいう 「側面」 とは、経済ショックに関連する「側面」ということでもあるから、企業、消費者、景気、供給、需要、業績などなど経済的指標や施策等の意味を含めて measures などが使いやすい。by ~ measures として、「〜で判断して、測って」と翻訳したい。
「導入する」 = introduce
さきほどは、 adopt を使ったが、adopt ばかりでも単調なので、ここでは introduce で訳出。
「近年」 = in modern history
recent years などを思いつく人が多いと思うが、modern history の方が洗練されている感じはしないだろうか。知ってはいても、なかなか出てこないと思うので、こういう表現も使えるようにしておきたい。そのためにも、常日頃、自身のボキャブラリーをビルドアップすべく、洋書や金融メディアは読み込んでおきたい。
『新たな調査では、マイナス金利が長期化するほど、金融機関の利益ばかりか融資事業への打撃も大きくなる上に、小幅なマイナス金利はほとんど役立たないとも指摘している。』
「金融機関の利益ばかりか融資事業」= lending businesses as well as profits of financial institutions
ここは and ではなく as well as あるいは not only ~ but also ~ でつなぎたい。もう少し踏み込んで翻訳すると、 do (damage) to lending businesses as well as profits of financial institutions の箇所は、do (damage) to lending businesses as well as to profits of financial institutions として、do の後の「〜に対して」 to を含めた構造でも表現可能だ。つまり、 do to A as well as to B としてもいいということだ。前者は、 do to A as well as B として前置詞toの後の目的語だけだけなのだが、厳密には「金融機関の利益に対してだけではなく、融資事業に対しても打撃」という解釈として、 後者の do (damage) to A as well as to B の方がより正確ではある。このあたり、ネイティブは前者タイプと後者タイプのどちらでも使ってくるが、後者のタイプもけっこう見かけるので、この使いこなしとその構造的解釈は覚えておいた方がいい。より馴染みのある例では、 I’m interested not only in playing tennis but also in studying English. と全く同じ構造である。
as well as は、日本人が受験英語で習ったことがある以上に、ネイティブはもっと多様に使ってくるので、近日この特集を <ワンランク上の金融翻訳> カテゴリーにて解説する予定である。
「小幅なマイナス金利」= slightly negative rates
もちろん 「金利」 の 「小幅」 は、small や little などでは表現しない。ここでも直訳しないことだ。英語の各語彙にはそれにふさわしい、あるいは相性のいいセットの語彙があるもので、それらは常に確認し覚えておきたい。
金利、特に 「マイナス金利」は、「浅い」、「深い」との組み合わせで表現されるので、deep(ly) や shallow(ly)、あるいは、金利全般では、「小幅な」、「大幅な」と表現されるので、slightly、mildly、modestlyや significant(ly)、great(ly) などはしっかり覚えておこう。
したがって、「小幅なマイナス金利」は、
slightly negative rate
mildly negative interest rates
modestly negative interest rates
ちなみに「大幅なマイナス金利」は、
deeply negative interest rates
『中銀は、たとえ一時的であっても市場のストレスが高まる影響を慎重に吟味することが求められる。』
「たとえ一時的であっても市場のストレスが高まる影響」 = the consequences of even a temporary period of rising stress
「たとえ一時的であっても」 において、ここは安易に even if only temporarily と文尾に置かないこと。なぜなら、それでは「たとえ一時的であっても、、、、吟味することが求められる」 → 「一時的に、、、吟味する」との誤解を生みかねない。ここで 「一時的であっても」がかかっているのは、「市場のストレスが高まる影響」のことである。そこを正確にしっかりと翻訳しなくてはダメである。
したがって、筆者の模範翻訳 the consequences of even a temporary period of rising stressなどのように、 temporary の修飾先を間違えないように翻訳する必要があるわけだ。
『つまり金利引き下げの本来の目的は融資を後押しすることであり、余計な衝撃を与えることではないからだ。』
「後押しすることであり、余計な衝撃を与えることではない」 = is to boost lending, not to be a source of an extra shock.
A, not B の構文で表現。
「つまり金利引き下げの本来の目的は〜」 = that’s because the aim of interest rate cuts, after all, is
ここは、in short や in other words などで始めて、in short, the purpose of interest rate cuts is ~ でも翻訳できるが、より流暢さを心がけてみた。 「つまり」は、that’s because、「本来は」は after all にそのニュアンスを込めてさらに文中に挿入する形で翻訳。in short で始まる文とどちらが流暢であるかは言うまでもない。
『識者の一部は、マイナス金利政策がより計画的なものであれば有意に機能する可能性があるとの興味深い研究も発表している。』
「識者」 = pundit
「有意に機能する」 = function better
「有意に」を直訳すれば significantly であるが、これは統計用語としての使い方で、実際 function significantly とは言わない。日本人はこうした和英辞典などにも騙されて、断片的な意味だけで判断し、ネイティブからすればかなり不自然かつ意味も通らない表現をしてしまいがちなので、そうした点に思い当たる節がある人は注意してもらいたい。
筆者は、function better とした。work better でもいい。ここでのbetter、つまり原型のwell は、「(機能などが)正常に、しっかり動作する、有効に」の意味でのwellである。function well、function better としてネイティブも好んで使う熟語である。
「マイナス金利政策がより計画的なものであれば有意に機能する可能性がある」 = more organized negative-rate systems could function better
こうした文において、たいていの人は、
If negative-rate systems are more organized, they could function better.
などとして、if 等の接続詞を使って訳すだろう。
これでももちろん大丈夫。ただ、もうワンランク上の翻訳も知っておこう。それには、接続詞を使った副詞節(副文)箇所を名詞句に転換してそれを主語とし、さらにwould やcould で後をつなげていけば、原文通りの「〜であれば、〜だろう」という、if 等を使った時と全く同じ意味が創れる。
if negative-rate systems are more organized → more organized negative-rate systems
ということである。結果、
More organized negative-rate systems could function better.
というより引き締まりのある洗練された翻訳へと大変身を遂げる。
この手法は、本ブログ内、<ワンランク上の金融翻訳> カテゴリー、第5回 【接続詞を使わず、名詞句を主語にするワンランク上の翻訳とは?】にて詳説しているので、ぜひ参考にされたい。
『ただ多くの中銀はそのような手段を真剣に検討する気はないだろうと筆者は考える。』
「〜ないだろうと筆者は考える」 = the author doesn’t believe that ~
ここでしてはいけないのは、the author believes that S will not ~ 。
「〜と信じない、思わない、考えない」 をbelieveやthink などを使って表現する時、その否定の表現を that 節の中でつくってはいけない、ということだ。
例えば、「私は、彼は来ないと思う。」 を、
I think that he will not come. としては、英文として不正確になる。
ではなく、
II don’t think that he will come. が正しく、think や believe など 「〜と信じない、思わない、考えない」と翻訳する際は、必ず think や believe を否定して、後に続くthat節の中は肯定文にすること。
知らなかった読者は、しっかり覚えておこう。
「検討する」 = explore ~
consider、examine、look into など 「検討する」にはたくさんあるが、今回は explore で翻訳してみた。
本稿内、筆者のオリジナル模範翻訳および金融メディア等からの用例は 金融翻訳例文集:金融翻訳チャレンジ に、さらに本ブログ内すべての筆者による模範翻訳等は、金融翻訳・全項目800例文集 に網羅している。
翻訳力、ライティング力をはじめ、スピーキングなどの英語表現力も含めた総合的英語力の向上に、音読学習も取り入れながら、ぜひ活用されたい。