金融翻訳チャレンジ

※「金融翻訳チャレンジ」メニューでは、毎週、筆者が課題文を提供。金融翻訳に挑戦してみよう!

※筆者模範翻訳は、2020年10月11日(日)掲載予定

<課題文>

EU首脳会議は、新型コロナウイルス禍からの復興を支援するために7500億ユーロ(約8470億ドル)の復興基金を創設する案に合意した。その一方で、地球温暖化対策で石炭など化石燃料に依存している域内の国々を支援する「公正移行メカニズム」基金を大幅に削減し、当初予定していた資金規模400億ユーロを175億ユーロに縮小することにも決定した。

基金の大幅削減によって、資金支援を受ける国が、EUの温暖化ガスの削減目標を上方修正する動きに対し抵抗しやすくなるだろう。事情に詳しい関係者によると、ポーランドは、「公正移行メカニズム」から当初80億ユーロの支援を受ける予定であったが、削減後は少なくともその支援額が50%減になる見込みとのこと。

<筆者の模範翻訳>

EU leaders’ summit has agreed on a proposal to create a 750 billion euro ($847 billion) recovery fund to shore up recovery from the coronavirus pandemic. In the meantime, EU leaders decided to drastically reduce a proposed “Just Transition Fund (JTF)," which helps countries in the region dependent on coal and other fossil fuels to fight global warming, scaling it back from a planned €40bn to €17.5bn. 

However, substantial cuts to the JTF would mean beneficiaries have further reason to resist attempts to speed up carbon-cutting goals. Poland will likely suffer not less than a 50% reduction in aid under the JTF, down from the €8bn originally projected, according to a person familiar with the matter.


<解説>

『EU首脳会議は、新型コロナウイルス禍からの復興を支援するために7500億ユーロ(約8470億ドル)の復興基金を創設する案に合意した。』

「~ を支援するために」 = shore up ~ 

「~を支援する、支える」の定番訳語は、support。 ただ、いつも support ばかりでは少々一本調子過ぎる。翻訳をより活き々々としたものとするためにも常により洗練された言い換え表現は覚えておこう。

(最下段2つを除いて、順に「支える」→「強化、補強」のニュアンスが強くなる)

underpin

shore up

prop up 

reinforce 

bolster (up) 

ramp up 

sustain (維持するニュアンスが強い)

throw weight behind (権威や影響力等を利用して支援する場合)

今回は、shore up で翻訳。

「復興基金」 = recovery fund 

完全に設立された「復興基金」であれば、the Recovery Fund として、固有名詞的に大文字はじめでもいいが、ここではまだ “案” の段階のため、a ~ recovery fund としている。

『その一方で、地球温暖化対策で石炭など化石燃料に依存している域内の国々を支援する「公正移行メカニズム」基金を大幅に削減し、当初予定していた資金規模400億ユーロを175億ユーロに縮小することにも決定した。』

「その一方で」 = in the meantime 

他にもよく知られているのは on the other hand。 あるいは in the meantime と同程度に、Financial Times 等でも登場するのが meanwhile。また、これらよりはネイティブにとってもずっと使われる頻度は下がるが、on another front もこの文脈では使える。知っていてまったく損はない表現だ。 

その他、on the flip side 「その一方で、反対に」 などもあるが、前者らとは少々トーンやニュアンスが異なる。少なくともここでは使いにくい。なぜなら、on the flip side は、文字通り、同一の対象テーマの反対側のことを語る時に使うので、上記の内容の場合は、同じEUの対策についてではあるが、新型コロナウイルス復興支援と地球温暖化対策というふうに、対象テーマが異なるため使えないということ。

「公正移行メカニズム」」 = Just Transition Fund (JTF)

「大幅に削減する」 = scale back

もちろん、reduce やcut back などよく知られた動詞(句)もあるが、可能な範囲で、また間違っていないという自信をもてる範囲で、常に新しい語彙を使った翻訳に挑戦しよう。

『基金の大幅削減によって、資金支援を受ける国が、EUの温暖化ガスの削減目標を上方修正する動きに対し抵抗しやすくなるだろう。』

「基金の大幅削減によって ~ に対し抵抗しやすくなるだろう。」 = substantial cuts to the JTF would mean ~ have further reason to resist

このくらい長い文だと、通常接続詞 when やas を使うだろう。あるいは、by ~ ing などで原文の文字通りに訳出していくことも可能だ。 もちろんそれでもいい。

ただ、筆者は敢えて接続詞やby も使わない。そうではなく、substantial cuts to the JTF とコンパクトな名詞句を主語にたてて、あとはwould mean + that節  でつないでいく。

この手法は、本ブログ内、<ワンランク上の金融翻訳> カテゴリー、第5回 【接続詞を使わず、名詞句を主語にするワンランク上の翻訳とは?】にて詳説しているので、ぜひ確認してみてほしい。

「~しやすくなるだろう」 = have further reason to do 

「~しやすくなる」 とは、言い換えれば「~する根拠をもつ = have reason to do ~」という表現をベースにして、それを比較級 further で強めることによって「~しやすさ」のニュアンスを流暢に出すことが可能になる。

「温暖化ガスの削減目標を上方修正する」 = speed up carbon-cutting goals

少し流暢さを優先して、意訳気味に翻訳。

『事情に詳しい関係者によると、ポーランドは、「公正移行メカニズム」から当初80億ユーロの支援を受ける予定であったが、削減後は少なくともその支援額が50%減になる見込みとのこと。』

「事情に詳しい関係者によると」 = according to a person familiar with the matter

「見込み」 = will likely 

「見込み」や「予想する」、「予測する」などなど、金融翻訳にはこの未来予想の語尾がたいへん多い。いつもbe expected to do ばかりでは単調になるので、できるだけ多様な表現をマスターしておきたい。今回は、will likelyで翻訳。

また別の機会に、この「予想シリーズ」を特集したいと考えている。

「50%減になる」 = suffer not less than a 50% reduction

こういうところも、日本人はただ文字通り直訳して、receive や挙句の果てにはgetなどで訳出してお終いではないだろうか。

ではなく、ワンランク上の翻訳を目指すのなら、日本語の文字通りではなく、もう少しふみ込んで文脈をふまえた訳を考える。ここでは、ポーランドは明らかに不本意であり、困ることにもなるので、suffer などを使うと文意がもっと読者に伝わるのではないだろうか。

「当初80億ユーロの支援を受ける予定であったが、削減後は」 = down from the €8bn originally projected

「削減後」 = down に込めているところが流暢さのポイント。

安易にafter ~ などを使い過ぎてしまうと、rigid な翻訳になりがち。

あと、「80億ユーロの支援」など、基金として資金/金額にはthe とつけること。


翻訳チャレンジは継続するので、少しでも翻訳力の向上に寄与できれば、、、、、。

本稿内、筆者のオリジナル模範翻訳および金融メディア等からの用例は 金融翻訳例文集:金融翻訳チャレンジ にすべて網羅している。

翻訳力、ライティング力をはじめ、スピーキングなどの英語表現力も含めた総合的英語力の向上に、音読学習も取り入れながら、ぜひ活用されたい。