(本ブログでは日本語から英語への翻訳が対象)
これからここに綴る3つの意識とスキルは、筆者自身が日々金融翻訳たるを追求し、学び、掴んできたもの。またこれらは、金融翻訳に限らず、その他の翻訳分野でも求められるものかもしれない。
- 原文に対する正確さ
- 英語の文章力(表現力)と流暢さ
- 調査力
1. 原文に対する正確さ
原文に対して正確な翻訳をしていくためには、まず原文を正しく理解できることが必須で、時に原文だけでは情報が不十分で文脈としても内容がわかりにくくなっている場合は、原文にはないことも補いつつある程度の意訳が求められる時もある。
そのためにも、まず原文の日本語の内容をしっかり把握する国語力と、豊富な金融知識を有していることが大切だ。
<国語力と金融知識を身につける>
- 金融メディアの読み込み
日経新聞、日経ヴェリタス、ロイター、ブルームバーグなど、金融関連のメディアを毎日の習慣としてしっかり読み込む。
- 金融関連の専門書や小説の読書
翻訳家にとって、読書の習慣は必須であろう。筆者も洋書と和書の両方を、隙あらば読み込むことが趣味でもあり、日課でもある。特に、日本語から英語への翻訳者にとっては、この洋書の読書によって、専門知識とそれらの英語表現はもちろん、その他、ネイティブの思考(法)、文脈の構成、文のスタイル、英文表現、言い回しなどなど、英文ライティングにおける宝を確実に吸収していくことができる。
2.英語の文章力(表現力)と流暢さ
金融翻訳者に限らず、日本語から英語への翻訳を職業とする人にとっては、英語の文章力、あるいは流暢に英語を表現できる創作力は必須のことである。それを頭では分かっていても実際にその力を持ち合わせている翻訳者は思ったほど多くはないのではないか、というのが筆者の翻訳会社内でも勤務し、多くの登録在宅翻訳者の翻訳に目を通してきた経験からの正直な感想である。通り一辺倒の平凡あるいはそれ以下の英語文章を平気で仕上げてくる翻訳者も実は多い。間違った文法、誤訳なども日常茶飯事のことだ。挙げ句の果てには、翻訳学校の中に、実務翻訳において英語力はさほど高くなくても通用する、などとして生徒集めのためにその敷居を下げることに躍起になっている場合もあるため、そういう誤解に基づいた翻訳者が増えてしまっているのかもしれない。
結果的には、新型コロナの影響で世界経済全体の不景気の煽りを受けたり、機械翻訳サービスの躍進によって、実力のない、つまり専門知識も弱いうえに、英語の文章力がない翻訳者には仕事が激減してきている現状である。これは事実である。
一方で、原文の内容に対して正確でかつネイティブにもしっかり通用する流暢な英語表現ができる翻訳者に仕事は途切れることはない。今後さらにもう3〜4段も機械翻訳の精度が向上してくれば別の話とはなろうが。
したがって、日本語から英語への翻訳を手がける金融翻訳者、そして全ての日英翻訳者にとって、自身の英語文章力を高めることは、前段で述べた分野専門知識と併せて、急務中の急務である。
そのための学習法を、ここでは簡潔に紹介しよう。
<英語の文章力(表現力)と流暢さを高めるために>
文章力を向上させるのに何が必要なのか? その答えとして、ちょうど母国語の日本語でも、文章力のある人にほぼ共通していることは、豊富な読書量である。外国語も同じである。英語なら英語の文章力や表現力を伸ばすには、圧倒的な量の英文にふれ、読み込むことが王道なのである。音読しながら読書すればなおさら効果的である。そして、チェックすべき専門知識はもちろんのこと、欧米人の思考法や文脈の構成、さらには文のスタイルから粋な言い回しや表現、ボキャブラリーなどなど、常に噛み締め咀嚼しながら、必要な時はメモ(電子書籍アプリでは、自分の好みでカラーハイライトも可能だ)、あるいは筆者の場合は、エクセルシート(Apple Mac等では、Numbers)に記録している。後に復習で、あるいは翻訳する際の、最強オリジナルデータとなる。
それでは、どういう素材を使って英語の文章力 (表現力) と流暢さを高めていくのかを、より具体的に以下で説明しておこう。
- 英文金融メディアの読み込み
- Financial Times: ロンドンを拠点として、130年の歴史を誇り、金融、経済報道で突出した信頼性を有する。 “Without Fear And Without Favour” (恐れず媚びず) をモットーとした報道姿勢を掲げる。
- The Economist: 1843年に創刊され、世界で最も歴史があり、最も権威があり、最も影響力のある国際政治・経済を中心に取り扱う週刊新聞である。「前進し続ける知性と進歩を妨げる無知蒙昧との厳しい争いに寄与すること」を目的とする。
- Wall Street Journal: ウォール・ストリート・ジャーナルを読んでいるだけで、英語の力は鍛えられる、とも語られる同新聞は世界最大の経済新聞であり、また、世界で最も経済的影響力のあるアメリカから発行されるため、もはやアメリカのみならず、国際的に大きな影響力を持っているとも評価される。
- Bloomberg: ブルームバーグは1981年、情報を通じて世界の資本市場の透明性を高めようという信念の下、アメリカはニューヨークで誕生し、ブルームバーグを通じて全世界の金融、ビジネス、政治界の人々にあらゆる判断材料を提供している。
- CNBC: ニュース通信社ダウ・ジョーンズとアメリカの大手テレビネットワークの一つNBCが共同設立したニュース専門放送局。チャンネル名は Consumer News and Business Channel (コンシューマー・ニュース・アンド・ビジネス・チャンネル)の頭文字をとっている。世界最大の金融・経済・ビジネス専門チャンネルである。
この5つの英文金融メディア(その他にもたくさん良質の金融メディアはあるが)などは、ぜひ寸暇を惜しんで読み込んでもらいたい。記事の内容を理解するべく常に調べながら読むと同時に、そこで使われている金融分野独特の言い回しやボキャブラリーを掴み、あるいはネイティブが展開する洗練された文章スタイルも入念に確認し自分のものにしていく。
また、筆者が敢えて、“読み込み” という表現を使っているのは、ただ漫然と “読む” のではなく、上記ポイントを踏まえての “深い精読” と その“豊富な量” が大切になってくるからだ。英語の文章力と流暢性を高めるには、少量の英文を入念に学習しているだけでは本物が身につかず、圧倒的な量も不可欠である。よく受験生が英語試験の英作文対策のために、「100の例文で完全マスター」、「英作文これで完成 – 50基本例文」などなど、暗記型の学習法はよく記憶するところであると思うが、100や50や、わずかな量の練習では高度なライティング力は決して身につかない。
また、怒涛の練習量を成功の条件とする、というテーマでは、Malcolm Timothy Gladwell の著書『天才! 成功する人々の法則』(講談社、2009年)(原題:Outliers: The Story of Success) の読書をお勧めしたい。
“Ten thousand hours is the magic number of greatness.”
(訳:1万時間とは、偉大さを示すマジックナンバーなのだ。)
筆者もまったく異なる分野の背景から、プロの金融翻訳家として自立できているのは、こうした和文、英文の両面から、膨大な量の金融記事を読み込んできている経緯があるからだ。
- 金融分野専門書、小説など、洋書の読書
本稿前述の「原文に対する正確さ」と同様、洋書の読書も習慣としたい。少なくとも筆者の経験論だ。前段、金融メディア記事の読み込みと並行して、さらに懐の深い、
- Twitter の活用
英語の文章力(表現力)と流暢さの向上を追求するために、SNSの中でも特にTwitterの活用はぜひお勧めしたい。 あの140字以内にまとめ上げられた短文は、翻訳に応用できる英語表現の宝庫だ。また一般の記事や重厚な洋書に比べて、あの短さゆえいつでもどこでも良質な英語にふれやすい。
筆者も情報収集専用のアカウントをひとつ作成し、そこでは上記金融メディアや名声のある投資家、アナリスト、トレーダーあるいは経済学者のフォロワー登録し、日々読み込んでいる。最新情報を入手しやすいこともその長所である。
電車での移動中や、カフェでくつろぎながらのひと時が、Twitterによってとても有意義な翻訳力を高めるゴールデンタイムとなることうけあいだ。
(例:スクロールしながら表示されてくる見出し的な短文だけ読みこなしてもよし、少し気になる記事はクリックしてもう少し長めの文を読み込んでもいい)
- 金融分野を背景とした映画やドラマの視聴/シャドーイング/リーディング
金融・経済界を舞台にして繰り広げられる映画やドラマは、より現場の臨場感もあり、楽しみながら金融知識や業界特有の英語表現 (jargon) などを学習するにはうってつけだ。
例えば、1987年に公開されたアメリカ映画 Wall Street (邦題: ウォール街) では、1980年代のウォール街で、冷酷で貪欲な投資家と彼に組して出世と富を得るためには手段を選ばない若きブローカーの栄光と凋落が描かれ、そこでは、企業買収、株価、インサイダー取引などなど、生々しさと迫力の中で学ぶことができる。
あるいは、2015年公開のアメリカ映画 The Big Short (邦題: マネー・ショート 華麗なる大逆転) では、リーマンショックの発火点ともなった CDO (Collateralized Debt Obligation 債務担保証券) などもただ単に専門書によるお堅い無機的な解説ではなく、著名な俳優による熱演と映像によって、より具体的に分かりやすく詳説されていたりするのが映画ならではだ。
なお、筆者お薦めの映画やドラマのリストは、金融翻訳家がお薦めする金融映画・ドラマ を参照されたい。
- YouTube 等、動画配信サイトの活用
YouTube も、筆者にとっても翻訳に限らず、ありとあらゆる学習、あるいは娯楽目的としても、欠かせないサービス/ツールである。映画やドラマ、あるいはメディアや書籍などとの決定的な違いは、それがオンデマンドであることだと思う。金融マーケットの情報はもちろんのこと、他にも興味のあるテーマに沿って検索をかければ、入手不能な情報を見つける方が難しいくらいだ。
また、言葉という観点では、デジタルであれ、実際の印刷であれ、静止した活字の読みものと比較した時、YouTube などの動画配信サイトは、それが動画である分、相対的により口語的な表現が使われていることが多い。
例をあげてみると、hence という語彙を考えてみよう。日本語訳は、「したがって、そのため」の意味として意外にも、「〔後置修飾として〕今から(先),今後,これから」の意味も持ち合わせているが、英英辞典でもその定義を確認してみよう。
Oxford Dictionary:
(formal) a number of days, etc. from now …; days, weeks, etc. hence
Sample sentence:
The true consequences will only be known several years hence.
Oxford Dictionary での定義説明を引用しているが、(formal) と補足されているように、通常はフォーマルなシチュエーションで、つまり文語的な表現として使われることで知られている。ところが、実際には、会話やスピーチなどでもネイティブスピーカーは、粋な表現として、けっこう使っているのだ。
下記に取り上げている CNBC インタビューは、世界最大の資産運用会社である BlackRock の CIO Rick Rieder 氏のものである。(Managing Director, is BlackRock’s Chief Investment Officer of Global Fixed Income, Head of the Fundamental Fixed Income business, and Head of the Global Allocation Investment Team.)
こうしたグローバルに権威のある方でも、この文語的とされる hence を会話で連呼されている。
(この動画の2:00 より少し後以降、「2 ~ 3 年後」や 「3 ~ 6ヶ月後」などなど hence が何度か Rick Rieder 氏の口から発声される。)
あるいは、日本人にとってはレアな語彙でも、ネイティブスピーカーは如何に巧みに使い、スピーチをより洗練されたものにまとめているかをみてみよう。
下に紹介する CNBC インタビューに登場するのは、世界的にも著名な経済学者 Mohamed Aly El-Erian 氏だ。(Egyptian-American businessman. He is President of Queens’ College, Cambridge and chief economic adviser at Allianz, the corporate parent of PIMCO.)
このインタビューで、behind the curve という語彙が、Mohamed Aly El-Erian 氏とインタビュアーの両者から幾度となく使われる。
(この動画の2:05 以降、behind the curve が、Mohamed Aly El-Erian 氏とインタビュアーの両者が頻繁に発声する。)
behind the curve の日本語訳は、「立ち遅れて」、「後手にまわって」、「乗り遅れて」などの意味を有するが、翻訳者をはじめ、多くの日本人にとってもあまり馴染みのない語彙であり、スピーキングにはもちろん、ライティングでもまず使われることはないのではないだろうか。
3.調査力
最後に調査力。調査力も翻訳の一部であることは言うまでもない。なぜなら、翻訳者も人間であり、神の如く全知全能ではないからだ。知らない、あるいは確信のもてない内容に遭遇する機会も多く、それらを正確に翻訳するためにも調査は欠かせない。また、特に目覚ましいスピードで進化変遷していく今の時代には、同時に新しい表現や言葉も常に生み出されており、その対応にも調査なくしては不可能である。
筆者の場合も調査にかける時間は、翻訳全体でも相当時間を占める。金融知識のリサーチももちろんだが、クライアントごとに存在する固有の情報、例えばホームページであったり、過去の関連資料であったり、用語の踏襲であったりなど、専門知識以外の調査も重要である。それができなくてはプロとは認められないだろう。
したがって、この調査の詰めが甘い人は、翻訳者としての大成は難しいと思った方がいい。調査は骨が折れる。時間もとられ、できるなら手を抜きたいとは誰しも考えることだろう。ただそこを妥協してしまうと、翻訳者として自然に淘汰されていく運命を辿らざるおえないか。
さて、筆者の調査と言えば、もっぱらネット上だ。一昔前までは、語彙は電子辞書や紙の用語辞典等が主流であったと思うが、今ではオンラインでそれ以上の情報を確認できる。本ブログで頻繁に登場する英英辞典による解説もすべてオンラインがそのソースである。他にありとあらゆる金融専門知識の調査においても膨大な文献や関連情報もすべてGoogling による。その際、検索キーワードや、その後掘り下げていく程度や範囲はほとんど探偵並みの嗅覚や直感であったりする。そうした理性と本能の融合に、前述した妥協なき徹底して調べ抜く強い意識を持続し、積み重ねていくことで、大概の難問は解決されると思う。実際、筆者もこれまで、かなり難解なテーマや内容もこのアプローチで乗り越えてきている。
このくらい徹底した調査を継続すると、正確な専門知識、クライアントのニーズへの敏感さに加えて、文のスタイルや、選択する語彙においても否応無しに高い金融翻訳が可能になってくる。
以上、金融翻訳者に必要な3つの意識とスキルを簡潔にまとめてみた。
また今後、必要に応じて加筆したり、改めて別の記事で深堀りしてみたい。